黄龍伝説

〜ハーレム・ラブ〜

(9)
2002年2月4日 更新

 クルード王国との戦いに勝利したドラゴン王国の国王、ビンセント・青の率いる軍隊が帰還したその日、王宮で祝勝会が開かれた。
 長いたびの汚れを落として、真新しい服に身を包んだ重臣達。華々しく着飾った貴婦人達。ドラゴン王国と交友のある他国珍しい民族衣装を身にまとった外交官達。それらの人々が王宮の豪華な広間を埋め尽くしていた。

 彼らの顔は、戦いに勝利した喜びに輝き、久しぶりに出会う懐かしい人々との再会を喜びあったり、旅の話に花が咲いて、にぎやかな話し声と明るい笑顔で広間は夜半を過ぎても、いつまでもざわめいていた。

 そのなかでも秋生の存在は注目の的で、晴れがましいところが苦手な彼は、ビンセントの後ろに隠れるようにしていたのだが、ビンセントが他国の外交官達と話し始めた隙に、多くの人達よってあっという間に取り囲まれ、質問攻めにされてしまった。

 秋生が毒蛇に噛まれたビンセントを救った話は美談として、すでに人々の知るところになっており、誰もが好意的に接してくれた。
 「まあ、本当にエルフェリア様に生き写しですわ」
「お母様とは、お友達でしたのよ」
思い出話に興じて涙を流す婦人までいて、秋生が知らなかった母の若き日の話は、彼も興味を持って聞く事が出来た。

 ミレニア王国の外交官と名乗る初老の男は、秋生の前に恭しく跪き、この日が来るのをどんなに待ち望んできたかを涙混じりに切々と訴え、ミレニア王国の人々も秋生の帰還を一刻も早くと待っているのだと言ってくれた。

 「一刻も早く、ミレニアへお帰りください」
「ええ、ミレニアには是非、行きたいと思っています」
と、一応答えはしたが、それはビンセントと別れる事になるのではないかと思い当たって、素直に頷くことは出来なかった。
 故郷では祖父や祖母や多くの人達が秋生の存在を知り、喜んで迎える支度をしてくれているという。とてもありがたく嬉しい事で、申し訳ないと思いながらも、今はビンセントと片時も離れたくないと言う気持ちの方が強いのであった。

 「秋生様には、是非、ミレニア聖教の大神官であられた母上、エルフェリア様の後を継いで、ミレニア王国復興にお力をお貸しいただきたいと存じます」
今まで考えもつかなかった現実が、急に大きな壁となって秋生の前に立ち塞がってしまったように思えた。
 ビンセントが好きで彼の側で生きていけさえすればいいと思っていた自分が、とても子供で世間知らずであったことに気づいてしまったのだ。

 クルード王国の後宮では、ただ自分の身の回りの事だけを考え、外の世界を夢見ていればよかったし、ビンセントとの旅の間も、彼の事だけを思っていればよかった。それなのにこうしてやっと帰って来たとたんに現実を知らされて、幸せな夢はやっぱり夢のままで終わってしまうのかと、秋生は不安を覚えるのであった。

 人々の合間から、ビンセントが見知らぬ人と楽しそうに話しているのが目に入る。彼の側には廖を始めとする重臣達が自然と集まり、誰もが楽しそうに笑い、酒を酌み交わし、語り合っていた。

 (ビンセント・・・・・・)
今夜の彼は、秋生の知らぬ人のように思えた。旅の間の兵士達と大差ない軽装と違って、豪奢ないかにも一国の王に相応しいきらびやかな衣装を身にまとった彼は、堂々として威厳に満ち溢れ、誰よりも光り輝いていた。が、秋生にはとても遠い存在のように思えてならなかった。彼は決して自分だけのものに成り得ない大きな存在なのだという事を見せ付けられたような気がしていた。

 秋生の心に寂しい風が吹き、あれこれと声を掛けてくる人々の話にも上の空で、愛想笑いをするのが精一杯で、少し酔ったみたいだというのを理由にして、人の輪から逃れると、広間からベランダへと出て頭を冷やそうとした。

 ベランダから見える庭では、兵士達が宴会を開いているようで、陽気な歌声や笑い声が響いてくる。秋生はそれらを耳にして、自分が酷く孤独に思えてしまうのであった。一人でいる事など至極あたりまえな事だったはずなのに、こんなに大勢の人の中にいても、何故だか寂しくなってしまう。そして、自分はなんて暗い奴なんだと呆れて、重いため息をついた。

 ミレニア王国では人々が秋生を待ってくれているという。その人達の思いの応えるためにも、人質にとられた母のために長い間莫大な身代金を払いつづけてくれた人々のためにも、自分は頑張らなければならないのだ。それはとても大きな重荷に思えたが、それはずっと誰かに必要とされたいと願ってきた秋生にとっては、とても喜ぶべき事であるはずだった。

 それなのに自分勝手な思いだけで、それらから逃れたいと願っている。考えればドラゴン王国の王であるビンセントは、すでにいろいろな人の思いを背負っているはずなのだ。そんな彼の心を自分などが独占する事など最初から無理があったのだと考え、短い間ではあったが彼に愛された記憶は、永遠に自分のものなのだと思う事で、自分の心をを納得させようとするのであった。

 「ここにいましたか。探しましたよ」
愛しい人の声が響き、すぐに背中や肩に彼の暖かな温もりを感じた。ビンセントが自分の着ていた服の上着を脱いで、かけてくれたのである。

 「ビンセント」
彼の何気ない優しさが今はとても嬉しく思えて、秋生は微笑んだ。
「疲れましたか?」
「いいえ、大丈夫です。ちょっと酔っちゃったみたいで・・・・・・」
とても本当のところを話す事など出来なかった。

 「沢山の人に囲まれていましたね。少し妬いてしまいましたよ」
(えっ!?)
思いがけないビンセントの言葉に秋生は驚いて目を見開いた。
「どうして?」
その理由が聞きたくて問うと、彼はクスッと笑うと、そっと秋生を抱きしめて、耳元で囁くのであった。

 「貴方が可愛すぎるから。誰にも見せたくないのです。本当は。話をするなんてとんでもない。私だけの貴方でいて欲しいと思ってしまいました。どんなに沢山の人の中にいても、私が求めるのは貴方だけなんです。周りの者には申し訳ないですが、今は誰も見えない。どうでもいいって感じてしまいました」

 (!!)
自分と同じ事をビンセントも考えていてくれた事を知った秋生は、落ち込んでいた自分の心がその言葉だけで幸せの頂点に達してしまうのを感じていた。
 「ビンセント、愛してるよ」
秋生はしっかりと彼を抱きしめた。

 「私も愛しています、秋生。ところで提案なんですが、ここではなんですので場所をかえませんか。風邪をひいてはいけませんから。それに私はもう限界なのです」
「えっ」
何の事だと思ってビンセントを見つめた秋生に、彼は口づけで答えるのであった。甘い甘い蕩けるような口づけであった。

 「そっと抜け出せば大丈夫です。ついてきてください」
ビンセントは秋生の手を取ると、ベランダから広間に入った。そして、用心深くそっと部屋の隅を目立たぬように早足で歩く。
 秋生はいつ見つかってしまうのかとドキドキしていたが、難なく広間からの脱出に成功してしまった。

 人気のない廊下を手をつないだまま、小走りにかける。二人だけの秘密の行動に心は喜びに踊っていた。
 ビンセントに導かれるままに王宮の置くの部屋の前へと辿り着く。ビンセントはその部屋の扉を開くと、いきなり秋生を横抱きにした。
 「えっ、やだ」
突然の事に驚き身じろぐが、ビンセントはそのまま部屋へと入っていった。

 豪華な調度品が置かれた部屋の奥には、天蓋つきのベッドがあった。ビンセントはまっすぐにそこへと歩んでいく。秋生はやっと彼の目的を察して、これからの事を思って赤面してしまうのであった。

 ビンセントはベッドの上に秋生をそっとおろすと、そのまま覆い被さってきた。秋生は彼の体重と温もりを感じながら、熱い口付けを交わしあった。初めて愛を確かめあってから、長い試練を乗り越えて、やっと再び結ばれる機会を得た二人は、一気に燃え上がった。ずっとお互いを求めていながらも、我慢していた日々はもう終わりなのだ。

 「秋生、貴方だけが私を熱くする。貴方なしではもう生きていけない」
「僕もそうです。貴方だけだビンセント。先程、ミレニア王国の人と話をしました。皆が僕を待っていると言ってくれました。なのに僕は貴方と離れてしまうのが嫌だと思ってしまった。とても我が儘で貴方を独占したい思ってしまう。そんな僕でも、愛してくれますか?」
「ああ、秋生、勿論です」

 二人の気持が一つの愛を生み出す。地位も名誉も捨て去った素朴な愛。
二人は愛の波間を漂い、感じあい、そして、愛を育てるのであった。


                               終わり

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