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11月5日 更新
「この度はまた、皆様には大変迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした。深く深〜く心の底から反省いたしております・・・・・・」
秋生は深々と頭を下げながら、目前のソファーにト゜ッカリと座り込んで難しい顔をしているビンセント、ヘンリー、セシリア、ユンミンの四人の様子をチラリと伺ってみたが、彼らは厳しい表情のままで反応も示さなかった。
(ああ、みんな、凄く怒ってる・・・・・・どうしよう)
彼らの怒りはもっともであり、自分が悪いということは、痛いほどよく分かっているので、彼らの冷たい態度に文句のつけようもない。
心の中で思い溜息をつきつつ、ここは誠意の見せどころと、秋生は再び深々と頭を下げるのであった。
「ごめんなさい。もう、絶対知らない人にのこのこついてったりしません。みんなの言うことをちゃんと聞きます。そして、もう御迷惑はかけませんから、どうかお許し下さい。・・・・・・あっ、でも、もしかしたらまたおかけしたりする事があるかも知れませんけれど、えっと、その時はなるべく自分で対応が出来るように努力いたしますので、どうかお見捨てのないようにお願い致します」
冷たい空気がピーンと張りつめて、下げた頭さえもなかなか上げにくい雰囲気の中、勇気を出して秋生はチラリとビンセントの様子を盗み見するのであった。
少しやつれた感じで、何かを考え込むように瞼を閉じ、眉間に皺を寄せているビンセントの、それでもやっぱりハンサムな面立ちに見惚れてしまう。
だが、やっと再会を果たしたというのに、彼の態度は冷たかった。ファーン・グルーブの後継者争いも無事解決してめでたしめでたしかと思いきや、彼は不機嫌そうにずっと黙り込んだままなのである。
ジョイスが彼らのために用意してくれた高級ホテルのロイヤルスイートの部屋に入ってからは、こうやって四人が揃って難しい顔をしたまま沈黙を続けている。いくら謝っても答えさえ返らず、秋生はどうすればいいのかと、すっかり途方にくれてしまっていた。
とにかく自分が悪いのは分かっている。彼らは自分のために爆弾で吹き飛ばされかけ、油断して拉致されて散々心配させたあげく、香港からニューヨークまで飛んでこさせ、その上、フェイ一味を倒す手伝いまでさせてしまったのである。自分の我が儘で、彼らを利用してしまったのだ。
(こんな馬鹿な奴のこと、呆れちゃったんだ)
続く沈黙の中、秋生はもう自分は彼らに見放されてしまったのかも知れないと思うのであった。そんな考えが芽生えたとたん、ズキンと胸に尖ったナイフを突き立てられたような激しい痛みが走る。
彼ら四聖獣は、『黄龍』の眠りを守るために、自分が守護してくれているのに過ぎない。だが、それにも限界があるだろう。自分にいたっては、考えもなく行動していつも問題を引き起こしてしまった。彼らに多大な迷惑をかけたのは、一度や二度ではないのだ。迷惑をかけ続けたあげく、ついには呆れられ見放されてしまったとしても当然なのである。
そして、秋生は辛い決心をするのであった。
「本当にごめんなさい。・・・・・・いろいろとお世話になりました。迷惑ばかりかけたけど、僕はみんなに会えてとても幸せでした。本当にありがとう。・・・・・・さようなら。元気でね」
なるだけ平静を装った言葉であったが、言い切ってついに堪えきれず、涙がポロリと零れそうになって、秋生は部屋を出ていこうと立ち上がった。
「何を考えているんです!!」
ガシッと乱暴に腕を掴まれて、秋生の行動は封じられてしまう。掴んだのはビンセントであった。彼は明らかに怒った厳しい表情で、銀色の眼鏡をとおして、冷ややかに秋生を見つめながら、問いただすのであった。
「何処に行くつもりです?これ以上手間をかけないで下さい」
その疲れたような語調に、秋生は自分の思いが間違っていなかったと知るのであった。
「怒ってるでしょう?」
「ええ」
「呆れたでしょう?」
「ええ」
「だから、サヨナラなんでしよう?」
問いながら帰ってくるだろう答えの辛さを予想して、鼻の奥がツ〜ンとしてきて、ついにはポロポロとこぼれ落ちてしまった涙を、秋生は慌てて拳で拭うのであった。
だが、返ってきたのは、ビンセントの重い溜息であった。
「どうしてそう言うことになるんです」
そう言った彼は先程とは違って、いつもと変わらない優しい瞳で秋生を見つめていた。
「貴方が攫われて、私達がどんなに心配したか、貴方は分かっていらっしゃらない」
秋生としては、自分なりに考えて出した辛い結論を頭から否定されて、なんだかムッとして、冷めた風を装って、拗ねてみせるのであった。
「分かっているからサヨナラなんだ。僕みたいな馬鹿が相手じゃやってられないだろう。もう、迷惑かけたくないんだよ」
バシッ
部屋の中でした大きな物音に、秋生はびっくりして身を竦める。そして、そちらの方を見やると、セシリアが腕組みをして、怒りも露わな表情で、秋生を睨んでいた。
「その馬鹿、どうにかしてやって!!いいわね、青龍。ちゃんと言い聞かせてやって頂戴!!本当にみずくさいったら、やってられないわ!!」
そう言い捨てると、他の二人を急き立てて、部屋を出ていこうとする。
「何処へ行く」
ビンセントの問いに、しょうがないわねと言うように、振り返って言うのであった。
「折角ニューヨークまで来たんだから、楽しまなくっちゃ。それじゃ、後はよろしく。せいぜい思い知らせてやって頂戴!!それじゃ、ご・ゆっ・く・り」
ヒラヒラと手を軽く振って、三人は部屋を出ていってしまう。気まずい雰囲気のビンセントと二人だけ残されて、秋生はどうせなら自分も連れ出して欲しかったと思うのであった。
あわただしくでていった三人を見送ったビンセントが、ゆっくりと秋生の方に視線を戻す。
「そうですね、私達の気持ちを貴方に思い知らせてあげましょう。ただてばすみませんから、覚悟して下さい」
意味ありげに脅しながら、眼鏡を取り去るビンセントの、真っ直ぐに自分を見つめてくる視線の強さに脅えて、まだ何が何だかよく事態を把握出来ていない秋生は、自分の身を案じて後ずさるのであった。
「容赦はしません。私がどんなに貴方の事を愛しているか、いやというほど思い知らせてさしあげます」
「えっ、愛してるって、本当?」
てっきり嫌われてしまったのだと思っていた秋生には、信じられないほど嬉しい言葉であった。
「僕なんか、みんなに迷惑かけることしか出来ないのに。いつも守られるばかりで、何もしてあげられないのに」
「貴方だからです、秋生。貴方だから私は守りたい。愛したいのです。そして、貴方に愛されたい。この気持ちは、『黄龍』を守るために存在する聖獣として、持ってはならない感情です。貴方をマカオのホテルから連れ攫われた時の私の悔しさ、無念さを何と表現すればいいのか分かりません。私は貴方を取り返すためだったら、この世を滅ぼしてもかまわないとさえ思いました。もう、私には貴方しか見えないというのに、貴方は違う。やっと再会出来たというのに事もあろうに貴方を攫った張本人を助けろと、私におっしゃった。どんなにショックだったか。なのに貴方の言葉に逆らう事も出来ない自分が情けなくて、私の気持ちをちっとも分かろうとして下さらない貴方を恨めしく思いました。他の三人もそうです。貴方をどんなに心配したことか。それなのに貴方は私達を捨てて行ってしまうという。サヨナラだなんて、なんて酷い事をおっしゃるのですか?」
「ごめんなさい、ビンセント」
静かだが深い言葉に秋生は素直に謝り、、真っ直ぐに彼の胸元に飛び込んでいくのであった。
(ああ、本当に僕って馬鹿だ、大馬鹿だ!!)
「愛してるよ、ビンセント」
「秋生・・・・・・」
どちらからともなく顔を近づけて、唇をあわせる。お互いの存在を確かめるように貪りあう、長く熱い口づけだった。
「ずっとビンセントが助けに来てくれるのを待ってたよ。僕にはビンセントだけだ」
「本当に?」
恋人の意地悪な問いかけに、秋生はそうだとしっかりと頷いた。
「うん、こんなことするのはビンセントだけだ。他の誰にも許さない。僕に触っていいのはビンセントだけだから・・・・・・」
「ああ、秋生」
二人の心と身体が一つに溶けあうような幸福感。身分も立場も年齢も、性別さえも愛の障害にはなりえないのだ。ただあるのは、相手を慈しみ、大切にしたい愛したいという衝動だけであった。
ビンセントは秋生をそっと抱き上げると、寝室へ直行した。暗い室内を照らし出すのは、月でも星でもない、摩天楼の色とりどりの華やかな光。人の叡智と野望が生み出したその建物中で、繰り広げられる人間模様。純粋なはずの愛が生み出すのは、何故、幸せだけではないのだろうか。
憎しみや悲しみという負の心も愛ゆえに生まれるのだ。それほどに人は罪深い生き物なのであろうか。
愛し過ぎるがゆえに自分の中に生まれた秋生への独占欲、嫉妬の感情を持て余しながら、それでも揺り動かされてしまう自分に、始めてビンセントは、本当の愛というものを知ったような気がする。
秋生への執着は、、ただ『黄龍』を守っていた時の転生体への冷静なものとは、全然違っている。自分を失ってただ欲望に身を任せてしまいそうな恐れと絶えず戦いながらも、生々しく新鮮に生きているという感覚を味わっている。人はなんて弱くて、そして、強い生き物なのか。傷つくことを恐れず、己の欲望のために生きていくことは、ある意味心地よい。それは動物としての本能の最たるものであるのだが、それに小賢しい知恵が加わることによって、本当はとてもシンプルであるはずの感情がねじ曲がってしまうのだ。
「秋生、愛しています」
彼の欲望によって開かれ、大胆に応える秋生の身体を貪りながら、落ちていく自分の聖獣としての立場と、それに相反するように本能の赴くままもっと激しく求めようとする、自分も今まで知り得なかった飢えた獣のような新しい自分に戸惑い驚きながらも、あまりにも心地よい開放感に身を任せるのであった。
全ては秋生という存在がもたらした変化であり、古い禁忌を破る事で感じる罪悪感よりも快感の方が遙かに大きかった。この愛だけは何があっても守り抜くのだと心に誓いながら、ビンセントは思いの全てを秋生へと注ぎ込むのであった。
「あっ、もう・・・・・・やっ、止めて・・・・・・お願・い・・・・・・ああんっ」
ビンセントに翻弄され、絶え間ない快感に、ついに堪えきれず、秋生が意識を手放す。ガクリと力の抜けた秋生の身体をしっかりと自分の胸に抱きながら、まだ慣れぬ行為にもかかわらず、かなり無理をさせてしまった自分を反省して、苦笑する。
秋生の閉ざされた睫を濡らす涙を、静かな口づけで拭い取りながら、彼は乱れて額に張り付いた髪を掻き上げて、フ〜っと息を吐くのであった。
(足らない、まだまだ、愛し足らない)
尽きぬ欲望の炎が、身体の内でまだ燃えている。これ以上、秋生を求めることは理性が辛うじて止めていたが、それでもかなりの努力を必要としていた。
(愛し、殺してしまうかも知れない。それほどに貴方が愛しい。必要なのです)
安らかな寝顔に、そっと口づけて永遠の愛を密かに誓いながら、窓の外の美しく輝く摩天楼の灯りを、ビンセントは感慨深げに、眺めるのであった。
終わり
おまけ
その夜も、約束したというわけでもないのに、ビンセント邸には、いつもの面々が集まっていた。秋生は、マンションよりもこちらの方で過ごすことが多くなっていた。もういっそ同居してもいいのだが、やはり、日本の父への体面もあって、踏み切れないでいた。
ヘンリーの料理をデザートまでしっかり堪能し、満足しきった秋生はリビングのソファーに座って、TVを見ながら、みんなと会話を楽しんでいた。
ビンセントはその日に来た郵便物の処理をしている。会社の方へも山のように来るが、家の方にも何処で調べたのか、香港でも五本の指に入る大金持ちであり有名人である彼への郵便物が、沢山届いている。その大半が商品の販売や展示会、パーティーへの招待状であった。
「ミスター・工藤宛ですよ」
手渡された一通のエアメール。差出人の名前はない。マンションの方に来るのはあるが、ビンセントのところへわざわざ送ってくる相手に心当たりはなかった。
「えっ、誰だろう」
不思議に思いながら、開封した秋生の顔が、驚きと喜びに輝いた。
「誰からなの?」
訝しげに尋ねるセシリアに、秋生は嬉しそうに叫ぶのであった。
「ジョイスからだよ。元気に頑張っているって!!うわぁーっ、いつでも遊びにおいでって。行きたいな〜っ。ねえ、春休みに行こうよ。専用ジェットで迎えに来てくれるって。凄いな〜っ。まあ、ファーン・グループの社長だもんね。凄い凄い!!」
秋生と四聖獣の活躍で危機を脱したジョイス・ファーンは、『長老会議』において、フェイの陰謀を告発し、圧倒的支持を受けて、社長に就任したのであった。四聖獣達は、爆破された建物と弁償と高額の慰謝料と謝罪と秋生のたっての願いを受けて、秋生を誘拐した罪に目をつぶったのであった。
ジョイスから手紙をもらった喜びを隠さない秋生の様子に、みるみるビンセントの表情が強ばる。
「そんなにニューヨークへ行きたいですか?」
「うん」
何も気づかず素直に頷く秋生に、他の三人は雲行きの怪しさを感じ取り、ヤレヤレとばかりに顔を見合わせた。
「それほど、ジョイスに会いたいですか?」
「うん、会いたいな〜っ」
「貴方は全然、懲りてらっしゃらないようですね」
「えっ、何〜っ」
なんのことだかまだ分からないまま笑ってビンセントを見た秋生は、彼のただならぬ様子にやっと気づいて凍り付いた。
(僕の馬鹿〜っ!!)
視線でセシリア達に助けを求めるが、彼らはわざと視線を外して、知らんぷりを決め込んでしまう。
「ゆっくりと話し合いましょう。秋生、さあ、いらっしゃい」
逃げる間もなく秋生の腕は、ビンセントに捕らえられ、力ずくで引っ張られて、そのままビンセントの胸に抱き込まれてしまう。
「分かっているから、ねえ、ビンセント。ただちょっと懐かしいって思っただけで、他意はないんだよ。ねえ、信じて」
必死で言い訳する秋生であったが、ビンセントは聞く耳を持たないといった風に、そのまま秋生をヒョイと肩に担ぎ上げると、
「後は鋤きにやってくれ」
と、仲間に言い残して、階段を上り始める。
「分かってるから、ねえ、ビンセント、許して」
バタバタと足をばたつかせて抵抗する秋生の情けない声が、二階へと上がっていき、やがて、バタンという扉の閉まる音と共に聞こえなくなってしまう。
「まったく懲りないわね」
呆れたようにいうセシリアに、同意するヘンリーとユンミン。
「ありゃ性格じゃから一生直らんじゃろう」
「まあ、可愛いじゃねえか。ああ、こりゃ朝まで出てこんな」
「ええ、青龍も怒っているようで、半分は楽しんじゃってるものね。ああ、やってられないわ」
「フォッ、フォッ、フォッ、青春じゃのう」
「馬鹿な子ほど可愛いっていうだろうが、あれだな」
三聖獣のぼやきも知らずに、ビンセントの寝室では、愛のお説教が開始されるのであった。
完
お楽しみいただきました『黄龍殿、御用心!!』は、今回で終了です。
が、まだまだ作品のストックは山のようにありますので、これからもどうぞおつきあい下さいませ。
ありがとうございました。そして、これからもどうかご贔屓によろしくお願い申し上げます・
2000年10月5日 真田みのこ 拝