
7月15日 更新
今回、魔導士協会本部から直々に依頼された仕事は、パラム王国の辺境にある小さな村に起こった事件を調査し、速やかに解決するというものでした。
最初、その依頼書を受け取ったときは、凄く簡単なラッキーな仕事かもなんて、密かに心の中でVサインなんか出して喜んだりしたっけ。
おまけに報酬が破格だったものだから、普段の貧乏生活がたたって、あれも買えるこれも買えるなんて、欲しい物をいろいろと思い浮かべて、ニンマリと笑っちゃったりして。
(ああ、僕の馬鹿。おいしい話には必ず裏があるなんて言うのは、分かりきった事なのに。トホホホホ)
一体、何度同じ目にあったらすむというのでしょうか。自分の単細胞さがつくづく嫌になります。僕の人の良さ(?)につけ込む協会の汚いやり口は、毎度のことで分かっていたはずなのに、己の学習能力のなさに溜息が出ちゃうって感じ。
僕の名前は,工藤 秋生。歳は22.職業は魔導士。それも超スペシャルA級ランクに認定されている優秀な魔導士だったりするから、世の中不思議。
だって僕、魔導士学校では入学してからずっと落ちこぼれで(学科はいつもトップでしたけれど、実技がもう最悪で)、卒業出来るかどうかも危ないって先生達に脅されて、卒業試験の実技の前は、もうヘロヘロになるくらいに、補習の連続でした。
実技試験の評価は、AランクからEランクまであって、Dランク以上じゃないと魔導士になれないんです。それでもって、僕ってEランク確実って、言われたりして。
けれども、試験の結果は何故か大金星で、なんと僕は超スペシャルA級ランクに認定されてしまったのです。前代未聞だって、先生達が呆れたくらいの大ラッキー。
僕だって信じられないって言うか、信じたくないって言うか、何で僕なの?って感じでした。
同級生のみんなには羨ましがられ、おかげ様で協会本部から直々の高額な仕事が優先的に回ってきたりで、僕が喜んでいるかと言えば、そうじゃないんです。
だって、実力以上の評価をされて、それに相応しいような難しい危険な仕事ばかりがまわってくるものだから、まさに命がけだったりするわけで、嬉しいはずあるわけないんです。
だから、なるべく危険を避けるために、仕事はなるべく断って、小さな田舎町で辛うじて得意分野である、治癒魔法を使っての医療活動や怪しい占いなんかで生計をたててたりするんですけれど、でも、僕の住んでいる町、エスタはそんなに豊かな町ではないので、食べていくのがやっとの貧乏生活だったりするんです。
それでついつい報酬のおいしさに、懲りずにまた仕事を引き受けちゃったりしたわけで、毎回、後悔しているくせに、全くもって自分の事ながら情けないです。
今だって、目の前に迫り来るのは、固い石をも一瞬のうちに溶かしてしまう、灼熱の火を吐くサラマンダーだったりして。
(来るなーっ!!来るんじゃないーっ!!)
本当はさっさと逃げ出してしまいたいっていうのに、戦いを陰ながら見守っている(本当に見ているだけなんだものなーっ)村人達には、昨日の夜は盛大な歓迎会をしてもらったわけだし、村長の娘さんのエルレオーネって凄く可愛いし、居酒屋のセフィルやリノアの他にも、結構美女揃いだったりするわけで、僕としても精一杯見栄をはってサラマンダーに立ち向かっているわけなのです。
アンギャ〜ッと一吼えして、ギロリと僕を睨み付けてくるサラマンダー。吐く息さえも熱風で、暑苦しくて、ジリジリと髪や服を焦がします。
(僕って痩せてて、絶対美味しくないからねーっ)
でも、喰われる前に焼け焦げちゃいそうです。
「ハハハハハ、どうした秋生。超スペシャルA級ランクの魔導士というのは、偽りか?」
サラマンダーの上に乗っかって、思いのままに操りながら、高笑いしている奴が、村を騒がしている事件の張本人の魔物で、一見、人間となんだ変わらぬ風体の、優男って感じなんだけれど、実は魔法を使って村人を脅かして、村の可愛い女の子や、何故か美少年を人身御供にに寄越せと、脅迫している悪い魔物なのです。
(なんだよ、僕を馬鹿にするな〜!!)
自分で思っていることでも、人から言われると、ムカつくもんね。
「水の精霊よ、我に力を貸し賜え。出よ、水龍」
火を制するには水しかないと、水龍を召還してみました。
突然、上空に黒雲がわいて、雷と共にゴ〜ッと雨を降らせながら、水龍が現れました。
「おおおお〜っ」
感嘆する村人達の声に、内心大満足。でも、それはすぐに落胆の声に変わってしまいます。
「ああ〜あ〜っ」
現れた水龍は、サラマンダーの大きさの10分の1くらいの大きさで、シャワ〜ッと吐いた水は、サラマンダーに届くまえに蒸発しちゃうんだもの。全然駄目。
再びアンギャ〜ッと吼えたサラマンダーが、ガ〜ッと火を噴いたら、水龍たらあっけなく消し飛んじゃった。
圧倒的な魔力の差を見せつけられたって感じで、魔物奴ったら僕の方を見て、プププッって笑ってるじゃないか。もう、いいところ全然なし!!
「それで超スペシャルA級ランクとは、お前、偽物だな」
魔物の随分な発言に、村人達からザワザワとざわめきが起きました。
(ま・まずいよ。誤解されちゃうじゃないか)
このまま負けちゃったら、万一何とか生き延びたとしても、きっと村人達に袋叩きにされちゃいそうです。
あれこれ悩んでいたら、魔物がクケケケケと妖しく笑って言いました。
「秋生、このまま死なせてしまうには惜しい美貌だ。どうだ、私の言うことをおとなしく聞くならば、命だけは助けてやろう。
そして、私の城で美しい姿のまま、永遠に生きるのだ。悪い話ではないだろう。可愛がってやるぞ」
クククククッとなにやら想像しながら、含み笑いをする魔物の視線のいやらしさに、ザワッと鳥肌がたってしまいます。
僕が美しいかどうかは別として、助けてくれるというのはありがたい話ですけれと゜、別に可愛がってもらわなくってもいいから、そっとしておいて欲しいなんて希望は聞いてもらえるはずもなく、僕は残念ながら断る事にしました。
「あの、申し訳ないんですけれど、そのお話は御遠慮させていただきます」
「何〜っ、ならばさっさと死んでしまえ〜っ」
「そ・そんな勝手な〜っ、ワ〜ッ」
サラマンダーがゴーッ吐いた炎が、僕を直撃しそうになって、寸前で辛うじてかわしました。でも、服の端に火がついて、ボワ〜ッと燃え上がり、僕はゴロゴロと地面を転がって、何とか消し止めました。
「往生際の悪い奴だな。まあ、命乞いをするならば助けてやるぞ。どうだ」
圧倒的優位にたって、魔物は上機嫌です。このまま焼き殺されてしまうのは嫌だし、お城で可愛がってもらうなんてもっと御免です。
(どうしよう。戦うしかないのかな〜。でも、それもな〜、う〜ん、嫌だし〜っ)
あれこれとどれがお得か考えてみましたが、なかなか思い切れない深い理由が実はあったりするんです。
僕だって、一応超A級ランクに認定されるのには、ちゃんと理由があって、その秘密の奥義を使えばあんなサラマンダーや変態の魔物なんか、いとも簡単に倒せてしまうのです。でも、それにはちょっと問題があるんです。
「え〜い、さっさと答えんか〜っ」
悩んでいる僕にしびれを切らした魔物が、再び攻撃を仕掛けてきました。今度はマジで逃げ切れそうもありません。
「出よ、白虎ーっ、朱雀ーっ、玄武ーっ」
背に腹はかえられないと、とっておきの秘密の奥義で呼び出したのは、魔導士の力で召還出来る眷属の中でも、最高パワーを持つ、魔界の四天王の内の三人でした。
魔導士学校の卒業試験というのは、学科と実技がありまして、実際に魔物との召還の契約を結ぶというのが、実技試験となっています。どうやって契約するのかと言えば、ただ、魔界と人間界を結んでいる扉から中に入って、魔物を召還する呪文を唱えるだけでいいんですけれど、扉にかけられた古の魔法によって、唱えた人間の魔力の強さとか持つ性質、相性とかで召還される魔物が決められます。そして、その魔物の力の強さによって、魔導士のランクも決められちゃうってわけなんです。
僕は治癒魔法とか植物の成長を促す魔法とかが得意で、おまけに魔力も全然弱いんで、魔物を召還するだけの力はないし、間違って食べられちゃう事もあるそうなので、試験の時には棄権するように勧められました。ところがどういうわけかオールマイティーに凄い力を持つ、最強の魔物達と契約を結ぶことになってしまったのです。
勝手に呼ばれてしまう彼らもいい迷惑だと思うんですけれど、彼らは契約に忠実に僕の呼び出しに応じてくれます。
凄くありがたいし、今日まで僕が生き延びてこられたのも、彼らのお陰なのであります。でも、素直に喜べない理由が実はあるんです・・・・・・。
「ハ〜イ、秋生」
「よお、坊や」
「お呼びかな、坊」
僕の呼び出しに応えて、何もない空間から突然、目の前に現れた三人の人物。人型を取れる魔物は強い力の持つ主でなければ不可能らしいです。
一人は若い女の子で、それもかなりの美人です。タイトな身体にピッタリとフィットした胸と腰の辺りを被っただけの露出度の高いセクシーな衣装を着ています。
しかし、その外見に騙されてはいけません。彼女こそは戦闘能力が高く、極めて攻撃的な魔物、朱雀なのです。
そして、一人は筋肉質の大柄な男です。黒の皮服を着ています。見るからに怖そうな感じで、実際に凄く強い彼は、パワー爆発のメガトンパンチが無敵の白虎です。
もう一人は、白い髭の飄々とした感じの老人です。全然強そうには見えませんれけれど、操る魔法の強さと豊富さは誰もかなう者がいないという玄武です。
そんな凄い彼らと偶然というか、成り行きで召還の契約を結んでしまった僕は、実は凄い天才なのかも知れないなんて、ちょっと考えたりはしてみましたけど、やっぱりそれはかなりの勘違いでありました。
実際はこんな僕で御免なさいって感じです。
「呼び出して、御免なさい。お願い、力を貸して。あの悪い魔物とサラマンダーを倒して欲しいんです!!」
僕はウルウルと目を潤ませながら、彼らに願いを伝えました。
「OK」
「チョロいぜ」
「お任せあれ〜」
三人は軽く笑って承知してくれました。
(ああ、ありがたい、ありがたい)
「おのれ、え〜い、サラマンダー。あいつらを焼き殺してしまえ!!」
自棄になった魔物の呼び出しに応じて、炎を吐くサラマンダー。だが、その炎は僕らに届くことなく、空中にまるで壁があるかのように跳ね返って、サラマンダーと魔物を襲いました。
アンギャ〜ッと咆吼して、ドサッと崩れ落ちて、一瞬の内に消えてしまうサラマンダー。
「ウワ〜ッ」
と、村人達から歓声があがります。
魔物も一緒に燃えてしまったのか、姿が見あたりません。
「ありがとう、朱雀、白虎、玄武〜っ、凄いや〜っ」
僕は彼らに駆け寄って、御礼を言いました。全く頼もしい限りです。もっと早くに呼べば良かったかも知れません。
でもね・・・・・・。
「秋生のためならお安い御用さ」
「いつでも呼んでね」
「待ってるぞい」
にこやかな笑みを残して、自分達の世界に帰って行く三人を、感謝の心で見送りながらも、僕の頭の中はすでに破格の報酬の事で一杯になっていました。
(ああ、これで、しばらくご飯が食べられる)
粗食に耐える日々は、辛いのです。
「秋生〜 っ」
「魔導士様〜っ」
隠れていた村人達が、感激にむせびながら僕の方へと駆け寄ってきます。別に自分が活躍したわけではないので、ちょっと恥ずかしくて、照れながら彼らを迎えようとしたら、村人達は急に立ち止まると、クルリと後ろを向いて、蜘蛛の子を散らすようにかけ去って行ってしまいました。どうしたのでしょうか。
(あれ、どうしたのかな)
悪い予感を覚えて、恐る恐る後ろを振り向くと、そこには巨大化した魔物が怒りの形相で仁王立ちになっていました。
(ヒエエエエ〜ッ)
余りの驚きに腰が抜けそうになってしまいました。
「殺してやる〜っ」
大きな声が響き渡り、恐怖に石化して動けなくなった僕を、魔物の大きな手が襲ってきました。
バシ〜ッと凄い大きな音がして、目の前をチカチカと星が瞬いたかと思うと、僕の身体は弾き飛ばされて、地面に叩きつけられてしまいました。
「うわぁ〜っ!!」
身体がバラバラになってしまうかと思う程の痛みが全身を襲い、その痛さに思わず涙が滲んでしまいます。
「ううっ、痛いよ〜」
だが、魔物は容赦なくて、今度は倒れている僕の足を指先でつかんで、逆さにつり上げました。そして、自分の目の高さにまで僕を持っていくと、哀れな僕の姿をクケケケケッと笑うのでした。
血がドンドン頭に下がってきます。抵抗する元気もありませんでした。このまま落とされたら、即死間違いなしの高さでした。
(僕、このまま殺されちゃうのかな?)
油断した自分が悪いのだから仕方ありませんけれど、なんかとても情けない死に方です。先程のように助けを呼びたいのはやまやまでしたけれど、一度召還した魔物をすぐには呼び出すことは出来ません。無理に呼び出そうとすると、彼らにダメージを与えるどころか、次元の狭間で迷子になってしまう可能性があるのです。
「クククククッ、死ぬがいい」
そう言って、ニンマリ笑った魔物は、あっさりと僕の足を放したのでした。
「うわあ〜っ」
地面に向かって真っ逆さまに落ちていきます。
「誰か・・・・・・ああっ、助けて〜っ、青龍〜っ!!」
咄嗟に僕はその禁断の名前を呼んでいました。
「ああ〜っ」
地面に叩きつけられると覚悟して、僕は目を閉じました。ところが、いつまで待っても衝撃は訪れず、その変わりにポワンと軽い何かに包まれるような感触がして、落下が止まりました。
(あれ、助かったの?)
ゆっくりと目を開いてみると、僕の身体は光玉に包まれて、地面まで後僅かというところでフワフワと宙に浮いています。
そんな僕に近寄って来る人影。
スラリとした長身の美丈夫。怜悧な光を浮かべた知的な眼差しで、彼は僕をまっすぐに見つめていました。
彼が僕の方へゆっくりと手を伸ばした瞬間、僕を包んでいた光玉は弾けて、彼の腕の中へと僕はゆっくりと落ちていきました。
「大丈夫ですか、秋生?何故、もっと早くに私を呼んで下さらないのです。ずっと待っていたのに・・・・・・」
静かですが、何処か恨めしげな響きがこもった声で問われて、僕は焦りました。
(だって、呼びたくなかったんだもん)
なんて本当の事など、この状況で言えるわけありません。
「後でゆっくりと理由を聞かせていただきましょう」
有無を言わせぬ口調で言われて、僕が素直にコクンと頷くと、彼は僕をそっと地面におろして、魔物の方をみました。
「良くも秋生を傷つけましたね。この罪は償っていただきます」
「何を小癪な!!お前も一緒に始末してやる」
僕達を踏みつぶそうとした魔物の足を、彼は難なく片手で受け止めてしまいました。
「ウグググググ」
何とか足を自由にしようとする魔物でしたが、何故かビクリとも動きません。
魔物の攻撃をいとも簡単に封じてしてしまった彼こそは、四天王の一人で、魔界最強のパワーの持ち主である、青龍でした。
(凄い、さすがだな〜)
青龍の力の凄さを目の当たりにして、僕は感心して彼を見守りました。
「お前のような小者が、秋生をどうこうしようなどとおこがましい。消え去るがいい」
相変わらずの静かな口調でそう言い放った青龍は、ヒョイと軽く魔物を放り投げました。
ヒューッと宙を舞い、土埃を上げて落ちる巨体。ズシ〜ンと大きな振動が伝わり、ギャ〜ッと魔物の断末魔が響き、魔物の姿は、スルスルと元の大きさに戻ったかと思うと、突然、グシャリと粒けて、粉々に砕け散りました。
そして、戦いはあっけなく終わってしまったのでした。
「秋生、大丈夫ですか?」
青龍に尋ねられて、僕は『うん』と頷きました。が、本当のところは身体のあちこちが痛くて、とても動けそうにありませんでした。
「怪我しています。手当しなければ」
そう言って、彼は優しく僕を抱き上げてくれました。
「あ・ありがとう、青龍」
僕は少し緊張しながら、とりあえず御礼を言いました。それは、彼が静かに怒っているのが、分かったからです。
「秋生様、お見事でございます。ありがとうございました」
どこからか村長を初めとしてた村人達が現れて僕と青龍を取り巻いています。
(本当に何処に隠れてたんだろう)
少し呆れたながらも、みんながとても嬉しそうな顔をしているので、まあ、いいかなあと思う事にしました。
長い間、村を苦しめていた魔物が死んでしまって、ホッと一安心というところでしょう。
僕も、何とか仕事が無事に(身体は痛いですけれど)終わり、生き延びられたので大満足です。が、これから先の事を考えると、なんだか気分はドンドン落ち込んでしまうのでした。
(何で呼んじゃったんだろう、僕の馬鹿〜っ)
「秋生の怪我の手当がしたい。宿へ案内してくれ」
青龍が村長に言いました。宿なんてとんでもりません。
「青龍、大した怪我じゃないから、手当なんか必要ないよ。大丈夫」
本当は身体はガタガタでしたけれど、僕は思わず嘘をついてしまいました。青龍が僕の事を本当に心から心配してくれていることは、よく分かっています。実を言うと、彼の事が嫌いな分けでもありません。むしろ大好きだったりするわけなのですが、ちょっと苦手なところがあるんです。
「秋生、無理してはいけません。それに久しぶりに会えたのですから、つもる話もありますし」
(それはない、ない、ない!!)
「さあ、案内してくれ」
村長は、青龍の言葉に大きく頷いて言いました。
「はい、私の屋敷へどうぞ。今夜は盛大な祝いの席をもうけたいと思います。それまでどうぞごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
「うむ」
(うむじゃないよ。ごゆっくりなんて、とんでもないよ〜!!)
村長に案内されて青龍は僕を抱いたまま、スタスタと歩き始めてしまいます。魔物を倒した喜びもつかの間、僕はこれから自分の身に起きる事を予感して、ガックリと項垂れてしまいました。
(もう、最悪だよ〜)
「何かありましたら、すぐにお呼び下さいませ。それではごゆっくりおくつろぎ下さいませ。秋生様、青龍様」
恭しく頭を下げて、部屋を出ていってしまう村長の背中に、僕は縋るような視線を送りましたが、村長は全然気がついてくれませんでした。
(二人きりにしないで〜)
青龍は、僕を大きなベッドの上に静かに横たえました。僕はそれはまずいと、焦って起きあがろうとしましたが、ズキッと胸に痛みが走ったので、結局断念して、そのまま、ベッドに横たわりました。
そんな僕の服を、青龍は何も言わないで、ためらいもなく脱がし始めます。
(ウワァ〜ッ、やめて〜)
「あの、青龍、本当に大丈夫だから」
駄目もとでやんわりと断ってみました。すると、彼は手を止めて、恨めしげな視線をじっと僕に送りながら、溜息まじりに言うのでした。
「そんなに私がお嫌いですか?朱雀、白虎、玄武は呼んだのに、私だけ仲間はずれにするなんて、あんまりじゃ余りの仕打ち。私は貴方のためだったら命も惜しむことなく戦うと誓ったのに、信じてもらえないなんて、情けない」
端正な面持ちを悲しげに歪めて、ポツリとこぼす恨みがましい言葉に、僕の良心はズキッと痛みました。
(ヒャ〜ッ、これだものな〜っ)
「き・嫌いってわけじゃないし、信じてないわけじゃないから。感謝してるもん」
一応、いいわけしてみました。その通りだなんて言ったら、どうなるかなんて、怖くて考えたくもありませんから。
「いいえ、嫌いなんだ。避けてますね。こんなに貴方の事を思っているのに、、少しも呼び出してくださらない。さっきだって魔物がしぶとい奴じゃなかったら、会えずじまいだったに違いありません。私が魔界でどんなに心配しているのか、少しも分かろうとして下さらない。酷い人だ」
悲壮な顔をしてそう言う青龍に、僕は背中をゾクゾクと虫が這い上がるような感覚を覚えてしまいました。
「そ・そんなことないよ。ちゃんと呼んだじゃないか」
「仕方なくでしょう」
(その通りです)
「と・とんでもないよ。あのままだったら、僕、絶対に死んでるもん。いつも助けてもらってばかりでさあ、青龍こそ嫌じゃないの?僕みたいな落ちこぼれに召還されるなんて、魔界で最強パワーを誇る魔王の貴方みたいに、凄い人に僕なんか相応しくないもの」
「貴方だから呼ばれるのです。そして、もっと呼んで欲しいです」
「えっ、えっ、でも、そんなの悪いかな〜、なんてっ!!」
慌てふためく僕の目の前に、ハンサムな顔がどアップで迫ってきます。僕には逃れるすべはありませんでした。
唇が塞がれて、何度も優しい口づけを受け、そして、気がつけばいつの間にか、服を全部脱がされてしまっていました。
(素早過ぎる〜っ)
「こんなに愛しているのに、本当につれない人だ。いいんです。貴方がどんなに私のことを嫌いでも。それならば取引として、助けた御礼をいただきましょう。戦いに疲れた私を癒してくれるのは、貴方のエナジーです。忘れてはいないでしょう。さあ、どうか私に御褒美を下さい。貴方と言う最上の御褒美を」
彼のしなやかな指が、僕の胸に触れる。それだけで、ドキドキと僕の心臓は高鳴ってしまいます。
(ああ、これだものな〜)
僕が青龍の召還を渋った理由は、彼が召還された御礼として、僕の身体を求めるからなのです。他の三人はそんなことしなくても大丈夫らしいのですが、この世界の磁場が青龍には悪影響をもたらすらしく、力の補給が必要らしいんです。
命を助けてもらっているので、断ることも出来ず、なし崩しに受け入れているというのが、今の状態なんです。
トホホホホホ。
僕は一応女の子が大好きで、その趣味は絶対ないと思うんですけれど、でも、でもね、青龍に触れられたところから、じんわりと暖かいものが広がって、身体の痛みを消して行くのです。それはなんだか、結構、気持ちよかったりするから・・・・・・。
「あっ、ああ、やっ・・・・・・」
自分でもビックリの甘い声が漏れてしまい、慌てて口を塞ごうとしたら、青龍の手に阻まれてしまいました。
「駄目です。何も隠さずに、貴方の全てを私に委ねて下さい」
「ああ、でも、青龍、恥ずかしいよ」
涙を浮かべて彼に訴えましたが、聞き届けてはくれませんでした。本当に意地悪なんだから。
「恥ずかしがらないで、秋生。愛しています。私の契約は、永遠に貴方だけのものです」
「ああん、青龍」
彼の指が巧みに導き出す快感に、僕は溺れて行きました。
彼の熱く猛ったものが僕の秘所に圧し当てられたかと思うと、一気に突き立てられました。異物が侵入してくる苦痛に、必死で逃れようとしましたが、彼はそれも許しませんでした。力強い腕にがっしりと抱き込まれてしまって、とても逃れられません。
「秋生、そんなに強く私を締め付けないで下さい。これではすぐにイッてしまう」
切ない声で囁かれて、僕の体温は一気に上昇しました。
何もかもが熱さによって溶かされてしまう。そんな感じでした。するといつしか苦痛も消え失せて、新たな熱へと変わって、僕の身体を犯し始めます。何も考えられなくなって、ただ、青龍の逞しい身体に縋り付くことしか出来ませんでした。
その一瞬、僕と青龍の心と身体は、一つに溶け合い、魂と魂がぶつかりあってビッグバンとなり、僕は味わったことのない心地よさに、フワフワと宙を漂うのでした。
「とても素敵でした。こんなに私を感じさせて下さるのは、貴方しかいません。愛してします。秋生」
彼の胸に抱かれ、幼子のように優しくあやされながら、僕は目を閉じて、心地よい疲労感に浸ります。
青龍の事、本当は嫌いじゃありません。好きです。大好きなんです。でも、それを認めてしまうと、なんだか僕が僕でなくなってしまいそうな気がして、怖くて逃げているのです。
捕まっちゃったら、きっと彼から離れられなくなってしまうような気がするのです。
彼と偶然によって契約する事が出来たのは本当にラッキーで、こうして魔導士になれたのも青龍のお陰です。でも、きっと向こうの世界では、何で僕みたいな落ちこぼれに凄い力を持つ彼が召還されなければならないのかって、悪口を言われているんじゃないかと心配なんです。
僕なんか、みんなに随分と羨ましがられ、何でお前何だって散々言われたから、そんな情けない思いを彼にさせるなんて、申し訳ありませんから。
だから、彼に相応しい魔導士になろうと思って、努力はしているんですけれど、こればっかりはなかなか思うようには行かないし・・・・・・。
それに青龍ったら、僕の事を愛してるって言うけれども、一方で、嫌いでもかまわないって言うし。そんなこと言われちゃったら、もしかして身体だけって言うか、契約だから、力が必要だから仕方なしに僕を抱いているのかなあなんて、考えてしまうんです。そうだとすれば、さすがにおめでたい僕でも、ショックです。
本当に僕のこと、愛してるの?って聞いたら、教えてあげましょうなんて言われて、散々厭らしい事されちゃって誤魔化されたし。
もしかして、Hしたいだけじゃないのかな?僕の身体だけが目当て何じゃないかなあと思うと、どんなに愛してるって言われても、素直に受け入れられないんです。そんな夢みたいな事がある分けないって。
彼には内緒だけど、僕だって、もう22で、それなりに好きになった女の子もいたし、密かにつき合った事もあるんだけれど、こんな切ない気持ちにさせるのは、青龍だけなんです。その彼に依存して、助けられるばかりなのは、僕も男だから嫌なんです。
(青龍、好きだよ)
口にしては言えない言葉を心の中で呟いてみる。すると、彼が僕の方を見て、うっとりするぐらい素敵な微笑みを浮かべて、僕の額にそっとキスしてくれました。
ポワーンと心の中に広がる甘い疼きに、僕はこれもそれなりにかなり幸せなのかもって思っちゃったりして。
その夜の村人総出の大宴会は、朝まで続きました。もう、飲んで食べての大騒ぎ。
そして、明け方、青龍は自分の世界へと帰って行きました。
「あら、お帰りなさい」
「よお、お楽しみだったか?」
魔界に戻った青龍を、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、朱雀、白虎、玄武が迎える。
「お陰様で」
相変わらずの冷静な声で応える青龍に、三人は諦めたような溜息をついた。
「青龍、そんなんだから秋生が素直にお前のこと、呼び出さないんだぞ」
「そうよ、疲れた身体を癒すためにエナジーが必要だなんて、見え透いた嘘ついちゃ駄目よ。不死身のくせに」
「あんまり坊を苛めちゃ、可哀想だぞい」
仲間の忠告にも、青龍は表情一つ変える事はなかった。彼の心には、揺るぎない秋生への強い愛だけがあり、そのなにものにも代え難い存在が、彼を無敵の魔王として支えているのだ。
「秋生と私は、運命的な強い愛で結びついているから、大丈夫だ」
「でも、呼ばれないのは、やっぱりな〜っ」
「そうそう、絶対避けられてると思うわ〜」
「大体、呼ばれなくてもあちらに行けるくせに、ギリギリになるまで助けに行かないのは、良くないのではないか」
「魔王たるものが、せこいんじゃないの?」
青龍のふてぶてしい態度に、ムッときた三人が、ついつい責めてしまうが、青龍は痛いところを衝かれても、フッと鼻で笑いとばすのであった。
「余計な心配はいらない。秋生は単に照れているだけなのだから。それにもうすぐだ、秋生が私なしでは生きられない身体になるのは。どんなに私が必要な存在であるかを自ら悟って欲しいから、あえて今までは我慢してきたが、フフフフフッ、深い愛を注ぎ込んでいるから、もうすぐだ。この青龍だけを必要とするようになるのは・・・・・・」
青龍のその傲岸不遜な言葉を聞いた三人は、人はよいけれどちょっと頼りない、でも愛らしい彼らの契約者の姿を思い浮かべて、心の底から深く同情し、せめて自分達だけでも彼の事を守ってやろうと、新たに心に誓うのであった。
そんな、仲間達の気持ちも知らず、青龍もまた、最愛の人の可愛らしい姿を思って、一人、幸せを噛みしめるのであった。
終わり
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