
血の契り
2007年11月8日 更新
(8)
〜魔王の告白〜
魔界の王としての立場など捨てても別にかまわなかった。いっそ、ただの魔物に戻れれば、自由に自分の思うように生きられるかもしれない。
だが、それは簡単に出来る事ではなかった。
王の不在は、微妙なバランスを保っている魔界の秩序を壊してしまう事になり、魔界を勝手に離れた魔物によって人の世界が乱されてしまう事になりかねない。まったく王とは厄介な立場であった。
だが、契約すれば秋生とは繋がっていられる。魔界と人間界を自由に行き来する事も問題なく出来るのだ。もとから、私の力を持ってすれば、人間界と魔界を行き来する事など造作もない事なのだが、王としての立場上、勝手にする事もできず、今まではする意志も全くなかっただけであった。
とりあえず、魔界の四天王の1人、青龍としての立場もあって、秋生と契約する事を他の三人の王を呼び出して告げたものの、正気かどうかを疑われてしまった。特に毒舌家である朱雀には、頭から否定されてしまった。
魔界の王たるものが契約するのに、秋生は値しないと言うのが理由である。それは朱雀が秋生の事を知らないから言えることだと分かっていたので、反対の言葉に耳を貸すつもりなどさらさらなかった。
私は私の心に忠実にありたいだけなのである。知ってしまったこの思いを蔑ろにしたり、無視すること等できない。
私は秋生を愛してしまったのだ。こんな感情がまだ自分の内に残っていたとは、思いも寄らぬことであった。
まだ、歳若い少年に心惹かれるなんて、愛してしまうなんて、自分でも何故なのかわからない。理由など存在しない。
ただ、秋生と一緒にいたい。自分のものにしたいという欲望が、段々と大きく成長していくのである。
眠りから覚めて、白虎に驚いた秋生が私に必死で縋ってくるその姿がもう愛しくて、そして、私に寄せてくれる信頼が嬉しかった。もう、手放せないと思った。
それはとてもずるい嘘であった。結果的には秋生を騙したことになるのも分かっていたが、暴走し始めた私の本能は、ただただ秋生を欲し、性急に求めていた。
私のどす黒い欲望に気づく事もなく、契約を素直に喜んでくれる秋生に、『契約成立』だといって口づけを与えた。
だが、契約して欲しいと願うのは、私の方であった。それを仮面の下に隠して、召還の呪文にある血の契りを交わそうと、何も知らぬ秋生を誘った。
私を信頼して、素直に目を閉じた秋生を怖がらせないように、そっとベッドに横たわらせる。長い睫が緊張に少し震えていた。
何もかもが愛しくて、焦る心を落ちつかせながら、私は秋生に口づけるのであった。
さすがに戸惑いを隠せない様子なので、私は逃げられるのを恐れて、顎を捕らえると唇を貪った。
「う・ううんっ」
微かにうめくその声さえも私を熱くした。そして、何度も何度も熱い口づけを交わして、秋生の身体から力が抜けるのを私は待った。
「はあっ、ああんっ」
意識しない甘い媚びを含んだ声が漏れて、ビクッと身を震わせた秋生の耳元にそっと囁き、耳朶を舌で舐めて、甘く噛んでみる。
それから、首筋、頬、顎、唇へと軽いキスを繰り返しながら、秋生のシャツのボタンを外して前を開くと、手を忍ばせて胸の突起に触れてみた。
すでにツンと立ち上がりつつあるそこを指で悪戯すると、秋生はたまらずまた甘い声を上げた。彼が確かに感じ始めている事を知った私は、喜びに震えた。
(ああ、秋生が私を感じてくれている)
そう考えるだけで、私自身も熱く疼き始めてしまう。だが、ここで急いでしまってはいけないと、心を落ち着けた。なんといっても相手は初な秋生なのである。
胸から腹へ、そして、秋生自身へとゆっくりと舌を這わせると、秋生は甘い喘ぎ声を上げ始めた。その素直な反応がますます私を昂ぶらせた。
「いやあっ、ああんっ」
秋生自身を手で捕らえて、舌を這わせる。と、それは先端から咲きはしりの雫を零して、ビクビクと震える。
「もう、いやっ!!やめて、お願い」
秋生は頭を振って訴えるが、やめるつもりなどなかった。それどころか、もっともっと欲しかった。
手で何度か扱くと、秋生はあっさりと精を放ってしまった。ぐっりと力が抜けた秋生の足を大きく広げて、秘所をあらわにする。大分意識が飛んでいるのか、秋生に抵抗はなかった。
だが、そこに指を滑り込ませると、さすがに逃れようとしたが、力で抑えつけた。焦らずにゆっくりと馴染ませていく。感じすぎるのか、放ったばかりの秋生自身は、すぐに力を取り戻した。
私の理性も限界にきていた。指の数を増やして秘所を充分に慣らすと、自分の猛りを秋生の秘所へと押しつけた。最早、何をされているのかも分からなくなっている秋生を一気に突き上げる。容赦はしなかった。
秋生の口から悲鳴が迸り、涙が溢れた。そして、自分を貫く楔から逃れようと、暴れた。
「嫌〜っ、痛い。痛い、ビンセント、やめて!!」
だが、その願いを聞くわけにはいかなかった。秋生の熱い襞が私をグイグイと締め付けて、残った理性の糸を容易く切断する。
ひたすら快感だけを追い求めて、秋生の身体を思うままに揺すぶり、貪った。
秋生は意識を半分飛ばしながらも、快感に喘ぎ、震えて、何度も精を放つ。
そして、私も絶頂の一瞬を迎える。熱い迸りを秋生の中へと放つ。言いようのない幸福感が私を包んだ。
意識を銃ついに失ってグッタリとした秋生の身体をそっと抱き締めて、長い睫を濡らす涙を手で拭った。
そして、ふと、私は我に返って、随分と酷い事をしてしまった事を後悔した。優しくするつもりであったのに、気がつけば本能の赴くままに秋生を貪欲に求めてしまっていた。秘所からは血が流れ出ていた。
こんなに幼くか弱い存在を愛しいと思いながら、何故、こんな残酷な事をしてしまったのだろう。
(可哀想に。こんな男に愛されて・・・・・・)
憔悴しきった秋生の唇を指でそっと辿りながら、瞼に、額に謝罪の意味を込めたキスをした。
秋生にとっては最悪であったろうが、私にとってはかつて経験した事のない素晴らしい、幸せな夜であった。
(もう、離しません。覚悟してください。私の永遠の愛を貴方に捧げます)
魔王とか魔物とか何もかももうどうでも良いと思った。ただ、秋生に愛されればそれで良いのだ。他には何も望まない。
魔導士になれると素直に喜ぶ秋生を、何も知らない純粋な子供を狡猾に騙した事は、申し訳ないと思うが、この気持ちに嘘偽りはなかった。
ただ、行き過ぎた愛の行為を、秋生がどう受けとめるかが心配であった。それほどに私は暴走してしまったのであった。
私が沈着冷静だとは、二度と言えないと思う。自分がこんなに感情的であり、熱いものを秘めていたとは、まったくの驚きであった。
結局、私は秋生の寝顔をただ見つめて、夜を明かしてしまった。腕の中に秋生を抱き締めているだけでも、心が暖かで幸せであった。
ううんっ、と身じろいで、私の胸に頭をすり寄せるようにして、しがみついてくる。
「秋生・・・・・・」
くすぐったいよう感じが胸いっぱいに広がって、名前を呼んでみる。
(ああ、なんて可愛らしい)
こんな存在に巡り会えるとは、古の魔法により、扉が選んだ相手は、今度こそ本物であったのだ。力があるとかないとかなんて関係ない。心が通じ合う相手こそが、私には必要であったのだ。
「秋生・・・・・・」
もう一度呼んでみると、唐突にパチリと瞼が開いて、まだぼんやりとした瞳で私を認めて、フッと微笑んだ。
まるで花が綻ぶような清楚で美しい微笑は、不安に揺れる綿足しの心に明るい光を与えてくれた。
「ビンセント、おはようございます」
秋生は恥ずかしそうに笑って、少しかすれた声で言ってくれた。
(嫌われていない!!)
ずっと心に蟠っていた不安が、一瞬に消え去っていた。
起き上がろうとしていた秋生が苦痛に顔を歪める。
「無理をしないで。昨日は酷くしてしまってすみませんでした。大丈夫ですか」
「はい。血のちぎりの契約はとても痛くて、恥ずかしかったですけれど、でも、大丈夫です」
秋生はいまだあれが、血の契りだと信じているようである。こんな純粋な心の持ち主を騙して、身体を奪った自分がおそろしく酷い男に思えて情けなかった。
「許して下さい。貴方が余りにも可愛らしくて、無茶をしてしまいました」
「いいえ、僕なんかと契約してくださって、ありがとうございます。本当いうと、もう駄目だって諦めていました。それを叶えてくださってなんとお礼を言っていいかわかりません。ビンセントに出会えて、本当に良かったです。ありがとうございます」
私には眩しすぎる存在であった。だが、もう、絶対に手放さないと心に誓った。
(愛しています、秋生。貴方を守り、きっと幸せにすると誓います)
声に出して伝える事は出来なかったが、それは私という存在の想いの全てを込めた誓いであった。
ほんの一時の別れだと分かっていても寂しかった。本当ならばずっと自分の手元に置いて、大切にしたかった。
だが、それが秋生の望みではない事も知っていたので、その心を抑え込んだ。
扉を開いて去っていく姿を見送る事は、我が身を引き裂かれるように辛い事であった。
気がつけばその姿を追い求めていた。舞おうとしての務めも、何も手につかなかった。仲間達は特に朱雀は私を呆れて、そのだらしなさを得意の毒舌で皮肉った。
だが、そんな事どうでも良かった。秋生のことが気がかりだった。
仲間に知られないように、そっと魔法の力で秋生の姿を映し出す。
粗末な部屋に秋生はいて、他の誰かと楽しそうに笑っていた。素晴らしい笑顔であった。何故、それが私ではないのか、許せなかった。ベタベタと親しげに振舞う輩達が、気にさわった。
やがて彼らの話は、私と秋生の契約の話へと移った。私が血の契りを利用して、秋生の身体を奪った事を知った彼らは、私を罵った。
だが、何より私を動揺させたのは、秋生が真実を知らされてしまった事であった。
自分が騙されたと知って叫ぶ秋生の怒りに、私は慌てた。このままでは信頼を失ってしまうと思った瞬間、私は魔界と人間界の狭間の結界を破って、秋生の元へと飛んでいた。
何もみえなくなってしまっている自分が分かっていたが、そうせずにはいられない衝動に私は動かされていた。
怒りに頬を赤く染め、潤んだ瞳で私を嫌いだと言う姿さえも可愛らしくて、たまらずに抱き締めていた。離れていたのはほんの僅かな時間だというのに、何百年も離れていたほどに、想いが募っていた。これが恋というものなのであろうか。
だとしたら、私は初めて本当の恋をしったのではないだろうか。
こんなに愛しているというのに、それが相手に伝わらないとは、なんともどかしくて切なく、辛い事なのか知る事ができた。だからこそ、気持ちが通じ合った時の喜びが、とても大きいのだという事も知った。
私の罪を怒りながらも、私を好きだと言ってくれた時の喜びの大きさは、もう言葉では表せないほど大きく、幸せに心は満たされた。
この愛しい存在のためならば、私はどんな事もしてしまいそうであった。
その場で欲しいと思ったのだが、それは見事に邪魔されてしまった。邪魔な輩に気づいた秋生が、嫌がったからである。恋人達の逢瀬を邪魔する無粋な輩が疎ましくてたまらなかったが、秋生には自分の身体だけが目当てなのだと誤解されてはたまらないので、諦めるしかなかった。
私を魔界から追い駆けてきた仲間達は、半分呆れていた。が、それほどに愛する存在を得られた私を、喜んでくれているようでもあった。
私はその場はおとなしく引き下がる事にした。私と秋生はこれからいくらでも愛しあえるのだ。
まだ、始まったばかりの恋は、大事に育てていかねばすぐに壊れてしまう。秋生はまだ初な子供なのである。急ぎすぎては全てを台無しにしてしまう。
秋生が私の事を好きだと言ってくれた事で、私達の関係は一歩前に進む事が出来た。大きな一歩である。
秋生の事が心配だからと、一方的に契約してしまった仲間達には申し訳ないが、秋生と私の間に結ばれた絆は、誰の入る余地もないほどに強いのだ。
運命はなんと過酷なのだろう。この私が恋の虜になってしまうなんて、出会う前にはとても考えられない事であった。
だが、私はこの運命の悪戯を恨むどころか、心から感謝している。
愛は、私の退屈なだけの日々に、明るい未来を開いてくれたのだから。
おわり
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