真田みのこ オリジナルJUNE小説
BRAN−NEW LOVERS


(2)

2000年9月18日更新



 長田の部屋のオートロッキーの暗証番号は知っていたものの、気まずさが先にたち、いきなり部屋へ行くのが何となく躊躇われたので、彼の部屋を呼び出した。
 『はい、長田です』
低音の心地よい響きがすぐに返ってきて、伊織の心臓は、ドキッと高鳴った。
 「俺・・・・・・」
『伊織か。どうした?』
長田は突然の伊織の訪問に少し驚いたように、訝しそうな声で尋ねながらも、すぐに扉を開けてくれたので、伊織は覚悟を決めて、中へと入っていった。

 エレベーターの上昇する感覚に、さらに心臓の高鳴りは早くなっていく。
 (ああ、やっぱり帰ろうかな)
長田の顔を見て、冷静でいられる自信は全然と言っていいほどなかった。自ら墓穴を掘りそうな嫌な予感さえする。

 (駄目だ、駄目だ。こんな弱気でどうするんだ。しっかりしろ)
頬を手のひらでパンパンと叩いて、渇を入れる。彼と別れるその日まではとりあえず、平静を装っていよう。立派なセックス・フレンドでいよう。笑って彼を見送るのだと無理矢理自分に言い聞かせるのであった。

 そして、伊織は長田の部屋の扉の前に立ち、大きく深呼吸してチャイムを押した。
 カチャッとすぐに扉が開かれて、パジャマ姿でくつろいだ感じの長田が現れる。

 「今晩は〜」
伊織は心に蟠るものを振り切るように、わざと陽気に振る舞って、彼に挨拶しながら抱きついた。

 長田の背は190センチある伊織よりも、10センチ程低いけれど、学生時代にラグビーで鍛えたという肉体は、筋肉が発達していて逞しかった。
 今でもジョギングやスポーツジムで鍛えて保持されてるので、年の割に腹も出てなくて若々しい。伊織は彼の事をかなり格好良いと思っているのだが、そんなに鍛えてどうするのかと冗談まじりに聞いてみたことがあったが、彼曰く、サラリーマンというのは結構、残業なんかもあって体力勝負らしい。
 確かに何事にも仕事優先的なところがあって、イオリ自身の忙しいスケジュールを調節して取り付けた約束も、幾度となく反故にされた事があった。

 長田は軽く伊織を受け止めて、すかさず部屋の中に引き入れ、そのタイミングをはかったように伊織は長田の心を確かめようと、いきなり彼に口づけた。
 考えてみればお互いの仕事の忙しさに、一月程御無沙汰であったのに思いあたった長田は、いつになく積極的な伊織の様子に最初は驚いたが、すぐに応えて、玄関先で舌を絡めあってお互いを求め、確かめ合うのであった。

 ハ〜ッと息を吐いて、伊織はスルリと長田の腕の中から離れる。本当はもっともっと堪能したかったけれど、これ以上熱くなっては冷静でいられる自信がなかったからである。
 「ごちそうさま」
と、顔の前で両手をあわせて神妙に言ってみる。長田はそんな伊織を呆れたように見て、しょうがないやつという感じで、口元にフッと笑みを浮かべるのであった。

 普段からあまり表情を面に出すことなく、年の割に落ち着きすぎているクールで渋い二枚目という感じの長田が、そうやってちょっと笑うと凄く優しそうに見える。
 (こんなところにコロリと騙されちゃったりするんだよな)
伊織は照れくささを隠すように、かって知ったるなんとやらで、玄関に長田を残したまま、遠慮なくズカズカと部屋の中に入り、居間のお気に入りのソファーにドカッと座り込んだ。
 そして、目の前のテーブルの上のTVのリモコンをとって、スイッチを入れる。別に見たい番組ががあったわけではないが、何となく気まずさを誤魔化しかったのである。

 「どうした、元気ないな」
長田がゆっくりと近づいてきて、伊織の隣に座る。が、彼は目を向けることもしなかった。本当は意識しすぎて心臓がドキドキと高鳴っていたのだが、気づかれるのもなんだか癪にさわるので、あくまで平静を装うのであった。

 「飯は食ったのか?」
「うん、仕事終わってから食べてきた・・・・・・」
あえて『天吉』の名前は出さなかった。何も知らない振りをして、長田の反応を確かめようと思いついたからである。

 長田の腕が伸びてきて、伊織の肩を捕らえて軽く自分の方に引き寄せる。伊織はされるままに、彼の肩に甘えるように頭をあずけるのであった。
 長田の体温と、すっかり馴染みになっているシャンプーの微かな香りに少しだけ心が和らいだ気がした。
 (ああ、長田さんだ・・・・・・)

 思えば二人きりの時、彼はいつも優しかった。別に女ではないのだから、レディーファースト見たいな気の使われ方を望んでいるわけではなかったが、紳士的な態度で甘やかしてもらうのは、決して悪い気はしなかった。
 長田はそんなに口数が多い方ではないし、こういう風に何も言わずに過ごすことが多かったが、伊織はそんな静かで暖かな時間が大好きであった。

 「おっ、伊織だ」
長田の声にTVの画面に意識を戻すと、そこには確かに先程終わったばかりのショーが映し出され、アナウンサーが絶賛していた。
 画面の中のスーパーモデルのイオ。ステージを迷いもなく自信たっぷりに、プレス達のフラッシュを全身に浴びて颯爽と歩いている。
 居間のソファーでいじいじしている自分とは、まったく別の自分。別にナルシストと言うわけではないが、画面の中のイオは贔屓目に見なくても格好良かった。

 「まるで別人だな」
長田の呟きに、心を見透かされたようで、ドキッとする。
「何言ってんの。こんな格好良い男が、そんなにゴロゴロしてる分けないじゃん」
いつものように憎まれ口を聞きながら、伊織は長田の顔をのぞき込むようにして、商売用の特上の微笑みを浮かべて見せた。

 「そう言う意味では・・・・・・」
長田の言葉を遮るように顔を近づけて、唇を素早く奪うが、すぐに身を離すと、スクッと立ち上がるのであった。
 「御免、帰る。もう、寝るところだったんでしょう」
一緒にいるのが居心地良すぎて、今まで伊織なりに育ててきた長田の関係に、決定的な終止符を打たれてしまうことを恐れて、逃げ出してしまいたくなってしまったのである。

 「ああ、まあな。だが・・・・・・」
長田がソファーに座ったまま、腕を伸ばして伊織の腕を捕らえると、強引に自分の方へと引き寄せる。バランスを失った彼は、そのまま長田の上に倒れ込んでしまったが、そんな伊織をしっかりと抱き締めると、今度は長田が伊織の唇を奪うのであった。

 (うわっ、ちょっとタンマ!!あっ・・・・・・)
本当に御無沙汰だったせいか伊織の節操のない身体は、忽ち反応して熱さを増し始める。身体だけのつき合いと割り切って始めた関係であったが、今、この瞬間、長田が伊織の事を求めてくれているのに、間違いなかった。

 ソファーに座った長田の股の上を跨ぐようにして、伊織は口づけに積極的に応えながら、自分のシャツを脱ぎ捨てると、今度は長田のパジャマのボタンを一つ、一つと外していった。 そして、露わになった長田の逞しい胸に唇を寄せて、軽く啄むように口づける。
 胸から脇、腹へとゆっくりと下がりながら、ズボンを下着ごとずらして、熱を帯びて固く立ち上がり始めた彼のものを迷わず口に含むと、愛撫するのであった。
 「うっ・・・・・・」
長田が呻いて、伊織の髪の毛に指を絡ませる。ビクンビクンと反応する様に、彼への愛しさが増して、丹念に下を絡ませて手で扱いた。

 「伊織・・・・・・ううっ、もう、離せ・・・・・・」
髪の毛を掴まれて、力ずくで引き離された伊織は、残念そうに唾液で塗れた口元をペロリと舌で舐めて見せたが、本当は体中の血液が沸騰したように身体は熱く、ただ、長田が欲しいと望んでいた。

 「伊織、来いよ・・・・・・」
長田の熱い視線に誘われて、黙って頷いた伊織は、焦り気味に自分のズボンと下着を脱ぎ捨てると、彼に抱きつくのであった。
 そして、再び熱い口づけを交わしあう。長田の指が、胸や伊織自身を捕らえて、巧みに愛撫を与えると、忽ち上りつめ、身体の熱さが下半身に集中して、ズクンズクンと大きく疼き始める。
「ああ・・・・・・んっ・・・・・・」
 「伊織・・・・・・」
耳元で長田に囁かれると、ゾクゾクした感覚が背中を這い上がった。そして、ギュッと強く抱き締められて、そのままソファーに押し倒された。

 散々に嬲られて、伊織の身も心もとろけそうになった時、長田に大きく足を開かされて、折り曲げられて、次に訪れるだろう痛みと快感を予想して、彼の欲望は大きく膨れあがる。
 「すまない、伊織。もう・・・・・・」
長田の掠れた余裕のない声に、伊織は随分と熱くなっている自分を持て余して、彼を求めるのであった。
「来てよ、長田さん。早く、欲しいよ・・・・・・」
「伊織」

 秘所に彼の高ぶりが押しつけられて、伊織のそこはヒクヒクと厭らしく蠢いて彼を導いた。
「あっ・・・・・・ロ
あまり慣らされていない秘所を引き裂くような痛みが走り、ゆっくりと長田の猛りが侵入してくる。
「はあっ・・・・・・ああっ・・・・・・」
伊織は息を吐いて、痛みが過ぎるのをじっと堪えるのであった。

 (ああ、長田さん・・・・・・好きだ。大好きだ)
自分の中に収まった彼の熱さが伝わってくる。
「大丈夫か・・・・・すまん」
性急に行為を進め、伊織に負担を与えたのではないかと心配して謝る長田に、伊織は大丈夫だと頭を振った。
 「動いて。もっと、深くいれて・・・・・・」
自分の欲望に忠実に彼を求める。もっともっと彼が欲しかった。もしかしたら、これが最後になるかもしれないという思いが、伊織をつき動かしていた。

 「どうした。今夜はえらく積極的だな」
長田がクスッと鼻で笑う。いつも冷静で大人な彼を、恨めしく思う瞬間だ。だが、それでも好きなのだからしようがない。惚れた弱みと言うやつだと伊織は諦めていた。
 これが他の男だったら、失敬な奴だとパンチとキックをお見舞いして、サヨナラってところだろうが、それほど長田に対して伊織は弱気で本気であった。

 「飢えてるんだよ、俺。仕事、忙しくてずっと会えなかったから・・・・・・」
本当のところお誘いなら山のようにあった。伊織さえその気になればいつでもOKって言う相手がゴロゴロしていた。彼とてセックスは嫌いではない。気持ちのいいことも、甘やかされて優しくされるのも大好きであった。
 でも、誰とでもいいというわげてはない。好きな相手と最高のセックスがしたかった。だが、長田はそんな伊織の心を知らず遊びだと思っているだろう。そして、伊織のことをきっと誘われれば誰とでも寝る、尻軽で生意気なガキぐらいにしか思っていないのに違いなかった。

 「ああんっ・・・・・・あっ・・・・・・」
長田が急に動き出して、奥の深いいいところを衝かれて、たまらず甘い声を上げる。
「いいっ・・・・・もっと・・・・・・ああっ」
あまりに気持ちよくて、快感を追うことだけに夢中になる。

 (好きだよ、長田さん。こんなに俺を熱くしてくれるのは、長田さんだけだ)
素直に口に出せたらどんなにいいだろうと、伊織は思う。とても簡単な事なのに、それが怖くて出来ない。心に問題があって、素直になれないことが分かっていても、どうすることも出来ないでいる弱い自分。五年前の大失恋のトラウマがいつでも彼を臆病にさせていた。


 伊織の始めての恋は、16の時であった。上京して、モデルの仕事を始めてまもなくの事である。
 相手は、30歳の売れっ子のカメラマンであった。雑誌の撮影であったのがきっかけとなってつきあい始めた。
 モデルとしては素人同然の伊織にいろいろとアドバイスしてくれたのである。

 父親を知らずに育ったせいか、渋い年上の男に優しくされると、伊織は弱かった。男だからという抵抗は特になくて、大人で洗練されてて、仕事の事だけでなく遊びやいろいろな事を沢山教えてくれる彼に憧れ、好きになって、誘われるままに関係を持った。売れているカメラマンの割には、気さくでとても優しくて、大人の余裕で甘やかしてくれた。
 だから、伊織は本当に始めてといっても良い恋に夢中になって、男の純情を捧げまくったのであった。彼も自分を深く愛してくれているのだと、本当に信じて疑わなかった。

 しかし、それは思い違いであった。伊織がパリに来るきっかけになったオーディションに、日本人で一人だけ合格した余りの嬉しさに、その喜びをどうしても彼に伝えようと、報告しに訪れた彼のマンションで目撃してしまったのは、彼と他の男とのHであった。それも相手は伊織のことを何かとライバル視して、からんでくる意地悪なモデルの同僚だったのである。

 彼はベッドの中でその男に甘く囁いていた。いつも伊織に言うように・・・・・・。「愛しているのはお前だけだ」と。そして、こうも言った。「伊織は、綺麗なだけのお人形だ。お前の方がモデルとしての才能来ずっと上だから。伊織はすぐに飽きられる」と。

 ショックを受けた伊織は、そのまま何も言えずにその場から逃げ出してしまった。始めて本気で好きになった人の思いがけない冷たい言葉と、隠されていた正体に酷く傷つき、そんなに駄目なんだったらもうモデルなんて止めてやると、自棄になりさえした。
 それでも折角やり始めた仕事であったし、オーディションにも受かったのだからと周りに諭されて、彼のことを忘れようと、前よりもなお一層仕事に集中して頑張ったのであった。

 伊織に現場を見られた事を知らない彼からは、その後も何度も連絡が入ったし、仕事で会う機会もあったけれど、話をするのも嫌で、無視することしか出来なかったし、冷静になってみて始めて、自分が恋の妄想にとらわれて、彼という人間を美化し過ぎて本質が見えなくなってしまった事に気づく事が出来たのであった。

 (思い出しても腹が立つ。どうせなら、パンチの一つでもお見舞いしておくんだった)
これは、五年経った今だから思えることで、当時は怒りよりも悲しみの方が大きかった。
 結局、オーディションの時に、審査員をしていた現在所属しているモデル倶楽部の社長に誘われて、心機一転しようと、パリへやって来たのであった。
 言葉を覚えるまでは大変だったし、いろいろな事があったけれど、伊織は今や世界を相手に活躍する売れっ子のスーパーモデルにのし上がる事が出来た。あの失恋がなかったら、今の伊織はなかったかもしれないし、モデルもさっさと止めてしまっていたかもしれない。
 そして、長田と会うこともなかっただろう。運命というやつは本当に気まぐれで自分を翻弄してばかりだが、長田との別れを素直に受け止めて、諦める事はとても難しいだろうと思うのであった。

 その夜、伊織は適わぬ思いを満たすように、貪欲に長田を求めた。彼はそんな伊織に呆れながらも、つき合ってくれたのであった。

                                        つづく
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