更新 2008年 2月 14日
(1)

 リビングのソファーにパジャマ姿でだらしなく横たわり、つけっぱなしのTVをぼんやりと眺めていたら、突然、視界にビンセントの端正な横顔が現れ、近づいてきたかと思ったら、キスされていた。

 最初は軽く啄ばむように、そして、深く熱くねっとりと舌を絡ませあう。

 数え切れないほど重ねてきた口づけ。男同士だというこだわりも恥ずかしさもいつしか消えて、当たり前のように感じられるようになり、自分から求めるようにさえなったが、その甘さは少しも失せることがない。

 (ビンセント、愛してるよ)
 身体の中からわきおこるウットリするような疼きに、甘い吐息をつきながら、より以上の刺激を求めて、ビンセントの首に両手を回して縋りついた。

 「秋生、ベッドに行きましょうか。それともここで・・・・・・」
耳元でそっと囁くビンセントの低い声がこそばゆくて、秋生は頬を赤らめ、ああっ、と小さく身悶えた。

 「こ・こ・・・・・・」
そう口にした瞬間、耐え切れない飢えにも似た本能の衝動は、今すぐにもビンセントを欲していたが、秋生の僅かに残された理性は、彼に明日のどうしても外せない予定を思い出せた。

 (ま・まずい。明日は早起きしなくちゃ)
このまま行為になだれ込んだら、明日は絶対に起きられないと、過去の幾度もの失態が、秋生に告げる。

 (どうしよう)
当然、断られると思っていないビンセントは、秋生の返事を待たずに、愛撫の手をすすめて来る。

 知らぬ間にバシャマの上着のボタンは外され、露わになった肌をビンセントの舌が這う。胸の突起を口に含まれた秋生は、身体を端知りぬけた快感に喘いだ。

 「やあっ、ああん、ビンセントー、だ・駄目っ」
(ああん、感じちゃうよ)

 身を捩ってビンセントの腕の中から逃れようとするが、ビクリともしない。それどころか彼はクスッと笑うと、パジャマのズボンの中へ素早く手を忍び込ませて、下着の上から反応し始めている秋生自身を、やんわりと握りこんだ。

 「どこが駄目なのですか」
意地の悪い質問を投げかけてくる。

 「あん、やっ・やだっ」
ちゃんとした言葉にならず、頭を横に振って訴えてみるが、ビンセントには全然通じない。

 下着を脱がされ、直に触れられるに至っては、快感の波にさらわれそうになってしまう。

 「い・やっ、ああっ」
(だ・駄目。なによがってんだ、僕は。そんな場合じゃないだろう。ああっ、どうして)

 感じすぎてしまう自分が思わず情けなくなってしまう。秋生は気合をいれて、抵抗を始めた。

 「ビンセント、やめて。お願いだから」
ビンセントが与える心地よすぎる刺激に、素直に反応して熱くなっていく身体を無理矢理抑え込んで、潤んだ瞳で必死に訴えかけた。

 「どうしたんです。秋生。今夜はいつになく、扇情的ですね。とても色っぽいですよ」
(ち・違うって!!)

 「誘っています?」
そう言ってチュッと秋生自身の先端に口づけられて、たまらず秋生は喘いでしまう。

 「ああんっ」
それをYESの返事だと誤解したビンセントは、濃厚な愛撫で秋生を翻弄し始める。

 (ちょっ・ちょっと、誘ってなんかないってば、やばい。駄目だって)
だが、心とは裏腹に口から漏れるのは、甘いよがり声であった。

 「あんっ、ビンセント、いやっ、ああっ」
「素敵ですよ。今夜は放しませんから」
(そ・それは困る。非常に困る)
「ああ〜んっ」
(ビンセントの馬鹿〜っ!!)

 秋生の理性もついには何処かへ消え去ってしまう。

 そして、嫌よ嫌よも好きのうちというのが、脅える可哀想な生贄を目の前にした、略奪者の都合のいい言い訳であり、また、感じすぎる嫌もあるという、その二つの矛盾を身をもって知った秋生であった。


 リビングで、そして、ベッドに移ってからと、散々にビンセントに弄られてしまった秋生が、その時間に目覚める事が出来たのは、気合というか、低血圧気味で朝が苦手な彼にしては、まさに奇跡とも言えた。

 自分の側に寄り添っている恋人への愛が冷めた分けではないが、自分の望まぬままに抱かれてしまったという事は、少なからずショックであった。

 それは力ずくの強姦では決してなくて、結局は自分も感じて何度も達してしまったのだから、ビンセントだけを責めるわけにはいかない。

 それでも、自分がやめて欲しいと言った言葉が聞き入れられず、反対に誘っているかのようにとったビンセントの言動には、かなり傷ついてしまった。

 (僕はそんなにもの欲しそうにみえたのかな)
これは由々しき問題である。ビンセントへの愛は間違いなく確かなものであり、ずっと大切にしていたい大事なものではあるが、ただズルズルと愛の行為に流されるのは、なんだか違う気がするのだ。

 身体っていう奴は、本当に節操がなくて、一度経験した快感をより深く激しくもっともっと味わいたいと願ってしょうがないのだが、心はちよっと違う。

 行為になれたからといっていつでも何処でも誰とでもOKというわけにはいかない。

 自分はビンセントの事が好きで、彼とならば男同士であるという世間一般的な道徳観念を捨てて、愛しあう事にも耐えられると言うか、そんなものを超越して好きなのだが、人前でこれみよがしにイチャつくのはかなり抵抗がある。

 そして、二人きりだとしてもすぐさまH、それだけというのもなんだか違うと思うのだ。決してHがいらないというのではない。やっぱり欲しいと思うのが正直な話なのだが、間違えて欲しくないのは、いつでもOKであるわけではないと言う事。

 ビンセントと二人だけで過ごす時間の全てが大事なのだ。ただ、黙ってぼんやりとしたり、散歩したり、食事したり、話したり。二人で共有する時間がとてもかけがえのない素晴らしい時間なのである。

 秋生はビンセントの安らかな寝顔を恨めしく見つめた。
(凄く勝手な話かもしれないけれど、でも、僕は嫌だったんだ・・・・・・)

 すると、それに答えるかのようにビンセントの閉じられた瞼がゆっくりと開かれ、秋生を認めると、彼は柔らかな笑顔を浮かべた。
 「秋生、おはようございます」

 その端正な顔に浮かぶ笑みが自分だけに向けられたものであり、それはとても幸せな事だと分かっていたが、秋生は挨拶のかわりにビンセントの頬をバシッと両手で強く挟み込むように叩いたのであった。

 「こ・これは随分と強烈な挨拶ですね。すっかり目が覚めました」
驚きながらも、それでもビンセントは優しくて、それがなんだかもどかしくて、秋生はキッと彼を睨みつけた。

 「僕は怒っているんだからね」
「はあっ?」
理由がわからずこまっつた酔うな表情を見せるビンセントに、秋生はますます苛立った。

 「僕は嫌だって言った。止めてってお願いもしたのに、なのに、ビンセントは止めてくれなかった。僕が誘ってるなんて、言った。違うのに。ちっとも分かってくれなかった」

 愚痴っているうちに、鼻の奥がツーンとしたかと思うと、ポロリと涙が零れ落ちた。それが癪で慌てて腕で乱暴に涙を拭ったが、後から後から溢れてしまうのであった。

 「そんなに嫌だったんですか、私が・・・・・・」
ビンセントの声が微かに震えながら、それでも優しく尋ねてくる。

 (別にビンセントが嫌だというわけじゃなくて、しちゃうとちょっと大変だと思ったからなんだけど・・・・・・)
心の中でそう思いながらも、その理由を聞かれるのが今はちょっと困ると思った秋生は、ウンと頷いてしまった。

 その瞬間、心なしかビンセントの顔が強張ったような気がしたが、秋生は気まずさに彼の事を気にかける余裕がなかった。

 「あっ、大変だ」
時計を見た秋生は、約束の時間が迫っている事に気がついて、慌ててベッドを飛び出し、
「僕、約束があるから、御免」
と、言い残すと、バタバタと慌しくビンセントの部屋を出た。

 1人、ベッドに残されたビンセントが、ショックで固まっている事に気がつかずに・・・・・・。

 (泣くほど、そんなに私の事が嫌だったなんて。そんな、秋生、嗚呼なんと言う事だろう)

 昨夜の秋生の抵抗が本気だったとは、百戦錬磨の経験を誇るビンセントにも気づく事は出来なかった。嫌がりながらもしどけなく乱れ、快感に喘ぐ秋生の姿態が蘇ってくる。

 (私を愛してくれてはいなかった・・・・・・)
幸せだと信じて過ごした日々が、音をたてて崩れていく気がして、ビンセントの心は奈落の底に落ちていくのであった。

                                         つづく
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