更新 2008年 5月 26日
(3)

 ヘンリーの呼び出しを受けたセシリアと玄冥は、彼の事務所を訪れていた。

 「なんだって言うのよ、こんな時間に」
「話がある」

 自分の机の上に足を投げ出して、座っているヘンリーの声の真剣さに、セシリアと玄冥は顔を見合わせあった。

 「あら、ビンセントは」
「あいつは呼んでいない。これを見てくれ」

 ヘンリーが
黒いスーツの懐から写真の束を取り出して、乱暴に机の上に置く。何事かとセシリアと玄冥は、写真を手に取った。

 それらに写っていたのは全て秋生であった。エプロン姿で何処かの店の店員をしている様子。慣れぬ背広姿で見知らぬ女性をエスコートしている姿。その他、街でビラを配っている姿。何処かの倉庫で荷物運びをしている姿。

 「今日一日、手下に秋生の姿を追わせた。俺の縄張りでころところ粗悪なヘロインを売りさばいている奴がいて、そいつの店にどういうわけか秋生がいた」

 「えっ、おかしいわね。今日は学校にいたはずよ。私、ビンセントに言われて秋生を大学中探し回ったもの。それなのにすれ違いで会えなくて。でも、大学で会った秋生の友達は皆、秋生の姿を見ていたわ」

 「それこそ変じゃないか」
「わしも見たぞ。秋生がこのお姉ちゃんとホテルにしけこむのをな。坊もすっかり大人になったと感心したのじゃがのう」
「しけこむですって」
セシリアがキーッと怒りをあらわにする。

 「どういうことなの」
「それを俺も知りたくてな。だが、こんな事おいそれとビンセントには話せんだろうが。何の証拠もない。だが、今日一日、秋生は次々とそれらの怪しい仕事をこなしていた。俺も秋生がヘロインの密売に加わっているとは信じたくないが、その店で働いていたのは、紛れもなく事実だ」

 「わしの目も確かじゃぞ。セシリア、ビンセントにはなんと言われたのじゃ」
玄冥に聞かれて、セシリアはハッと思い当たるのであった。

 「そういえばビンセントの様子も変だった。なんだか信じられないくらい落ち込んでいて、秋生の様子が変だからそれとなく気をつけてくれって言われたわ」
三人はやはり何かあるなと視線を交わしあった。

 「どうしよう」
「とりあえず決定的な証拠を押さえて、秋生に問いただすしかないか」
「そうじゃのう。そうでもなければビンセントも納得するまい」

 「もう、秋生ったら何してるのよ。ここのところちょっとは落ち着いたかと思ったのに。とんでもないことしでかして」
ずっと側にいて全てを分かりあえているつもりだっただけに、自分達の預かり知らぬところで、秋生が相談もなく何かをしでかしていた事が情けなく思えて、セシリアは憤慨した。

 その気持ちはヘンリーも玄冥も同じで、一言相談してくれれば良いのに水臭いと思った。そして、この事をビンセントが知ったらどんなにショックだろうかと思うと、深く同情せずにはいられなかった。

 「全ては明日だ。いいな」
三人はそれぞれの思いを胸に、しっかりと頷きあうのであった。


 朝起きて、着替えを済ませた秋生がリビングに降りると、ビンセントがソファーに横になって眠っていた。

 テーブルの上には酒瓶が乱立しており、1人でこれを全部飲んだのかと思うと、少し罪悪感にとらわれた。
 
 ソファーで眠るビンセントの端正な顔が、見たこともないほど憔悴していた。彼にそんな辛い思いをさせるとは、なんて自分は馬鹿なんだろうと思い、胸がキュンと痛くなる。ビンセントが本当に自分を大事にしてくれている事はわかっているのに・・・・・・。

 その想いを一方的な理由で拒み、心にもなく嫌いだと言ってしまったなんて、愛想尽かされても仕方ないのに。それでもビンセントは秋生の事を一番に思って、心配してくれている。

 (御免なさい、ビンセント。理由は落ち着いたらきっと話すから・・・・・・)
心の中で謝って、せめてもの罪滅ぼしと、ビンセントの身体に戸棚から出した毛布をかける。思わずその頬に口づけ体衝動を覚えたが、それは我慢した。

 「行ってきます」
そっと囁いて、玄関へと秋生は向かった。

 そんな秋生の姿を、眠っていたはずのビンセントがムクリと起き上がって見送る。そして、自分にかけられた毛布の暖かさを、秋生の自分への気持ちだと思うのであった。

 (秋生、きっと理由を話してくれますね。私はそれを待っています)
一度は失ってしまったのではと疑った秋生の愛を、ビンセントは信じることにした。


 「家を出たわ」
セシリアはバイクに乗った秋生が家から出て行くのを確認して、携帯でヘンリーに連絡する。

 「よし、店の方は俺がはる。お前は大学の友人達を探ってくれ」
「分かったわ」
セシリアは覚悟を決めて、車を発進させる。秋生のバイクが大学の方とは逆の道を走っていくのをミラーで見送りながら、セシリアは愚痴った。

 「秋生の馬鹿。人の気持ちも知らないで」
決定的な証拠を手に入れてギューッとお灸をすえてやるからと息巻いて、沈みがちになる心を浮上させる。

 (馬鹿な子ほど可愛いって意味が、本当によく分かるわ)
と、つくづく思うのであった。

つづく

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