
2004年1月30日
(1)
12月、クリスマスのイブのイベントとして恒例になりつつある、僕の通う大学の男子学生有志による残念会は、クリスマスまでには何とか彼女を作ってハッピーな聖夜を迎えたいという野望に燃えながらも、その夢をまた今年も果たせなかった男達の、敗北宣言と来年への野望を誓い合う哀しい会である。
今年の僕の予定からはこの会への参加は除外され、彼女とのラブラブなクリスマスが待っているはずだったのに、急転直下の大ドンデン返し。
それは、三日前の事。付き合っていた彼女、絵里ちゃんからの突然の別れの宣告。
「工藤君って、綺麗だし優しいしとっても良い人だけど、付き合ってると何か物足りないのよね。御免なさい。他に好きな人が出来たの。これからも良いお友達でいてね」
ニッコリ笑ってそう言った彼女は、2カ月程前に僕の事が好きだと自分から告白してきて、それで付き合い始めたのに・・・・・・。
良い人だけど物足りないってそんな事言われたって、僕は僕でしかないから、もう目が点ってやつで、結局、何も言い返せずに終わってしまった。
それに男が綺麗といわれても素直に喜べないものがある。母親譲りの女顔につられて寄って来る人間は多いけれど、大学の四回生になっても、四月のクラブ勧誘の時期に、新入生と間違われて声をかけられるのは、いただけないので、僕としては男らしいキリッとした渋い顔に憧れている。
それに大概、顔が気に入って寄って来る人って、僕の平凡な性格を知ると、なんだとばかりにあからさまにガッカリしちゃったりして・・・・・。普通の何処が悪いんだよ。
おまけになんか完全になめられているって言うか、ふられた翌日に大学の食堂前で、新しい彼氏と一緒の絵里ちゃんにバッタリ遭遇したんだけれど、幸せそうな笑顔全快で、「工藤く〜ん」なんて、手を振られてしまった。
でもさあ、前から思ってた事だけど、別れたばかりの相手とお友達でいられるわけないじゃないか。それも納得して別れたんじゃなくて、こっちの気持ちもおかまいなしに一方的に別れを告げられたわけだから、男としての意地はあるし、もとからお人よしでも彼女のいう都合の良い人なんかでありたくないし、なんだか自分を根本から否定されたような気がして、ショック状態だった。
少しはふられた惨めな僕の気持ちとか考えないんだろうか。と、思うのと同時に、そんな彼女だとも知らずに、ただ可愛い外見につられて付き合っていた僕って、やっはりただの馬鹿かもしれないと気がついて、ますます落ち込んでしまった。
彼女が新しく付き合いはじめた相手というのが、悪友達からの情報によると、なんかかなりの遊び人だそうで、絵里ちゃんの他にも付き合っている女の子が数人はいるらしいって事。彼女の友達も騙されているって、わざわざ?教えに来てくれたぐらいだから、まあ、可哀相とは思うし、実際、僕が見てもなんか妖しい感じだった。でも、だからって彼女がその彼を選んだわけだから、今更僕がしゃしゃり出るってのも変だしね・・・・・・。
僕って冷たいのかな。ふられた事は確かにショックではあったけれど、だからといっ彼女に執着する気持ちっていうのも余りないみたい。
まあ、人にはいろいろ趣味があるから、一概にその新しい彼氏の事を否定したくはないし、もしかしたら、噂はまるっきりの出たら目で、本当は無茶苦茶良い奴なのかもしれない。
それじゃ僕ってなんだったんだろうっと考えなくもないけれど、終わった事はしょうがないってわけで、急遽の残念会参加は、悪友達には大歓迎されてしまった。
でもね、実を言うと、絵里ちゃんに言われた事って、初めてじゃないんだ。今まで何人か付き合った相手がいたけれど、皆がそれに近い事を言って、僕の元から去って行った。
来ると時はいつも向こうの方からで、「工藤君が好き」って告白されて、僕も嬉しくって付き合い始めるんだけれど、何故か長続きしないんだよね。
お陰で大学に入学してからこの三年間は、ずっと残念会に参加するハメになってしまった。
今年は大学最後の年だし、絶対にクリスマスを彼女と過ごすぞ〜って、気合充分だったし、彼女も出来て、ヤッターと喜んでいたら、この始末。
もう、神様に見放されたって感じがしちゃって、やってられない。こうなりゃ自棄酒だ〜っと残念会に参加したわけである。
「工藤ちゃんってさあ、そんな可愛い顔して、もてるくせに、なんかついてないよな。女運が悪いのかな」
(はいはい、どうせ悪いですよ)
酔った悪友達の話の種にされて、怒るのも馬鹿馬鹿しくて、僕は黙々と自棄酒をあおる。
「でも、絵里ちゃんはやめてといて正解かもな。付き合いだして上手く言ってたみたいだから、あえて言わなかったけれど、彼女、結構、派手で遊んでるって噂があったから。別れて正解、正解」
(知ってたんだったら、教えてくれよ。そんな大切な事)
でも、上手くいってた時に聞かされたとしても、僕ははなっから信じなかったもしれない。それにしても、僕は彼女の何を見て、知っていたんだろう。そもそも、知ろうともしなかったような。ただ、一緒にいて、いろんな事を話たつもりでいたけれど、それは表面的な部分であって、本音の部分ではなかったのかもしれない。
そう思うと、そんな相手とつきあって、確かに彼女も楽しくはなかったのかもしれないという考えに行き当たって、ズズーンとまた落ち込んでしまった。
「さあ、飲んで飲んで、忘れようぜ。俺達には明日があるじゃないか。来年こそは、頑張ろう!!」
「オーッ!!」
野望だけは山のように大きい男達の憂さ晴らしの会は、大いに盛り上がった。
僕も自棄になって飲んで、食べて、そして、また飲んだ。
(よーし、見てろよ。来年こそは、ラブラブ・ハッピーなクリスマスを迎えてやる〜ッ!!)
悔しさをエネルギーに、人は大きく成長するのである。と、限りなく゜信じたいのであった。
「工藤、何やってんだ、早く来いよ。二次会行くぞ〜」
「秋生〜っ、先行ってるぞ〜」
僕は道端の花壇のレンガの上に腰掛けたまま、彼らに手を振って、分かったと応えるのが精一杯であった。
もう、頭グラグラで一歩も歩けそうになかった。アルコールで熱を帯びた身体には、12月の夜の冷えた空気がとても心地いい。通りは華やかにライトアップされて、人通りも多くて活気に満ちている。
自棄になって飲んだものの、自分ではそんなに酔っているつもりはなかったのだけれど、いざ、二次会へ移動となって立ち上がった瞬間、グラリときてしまった。
こんなの初めてである。ドクンドクンと心臓が脈打つ度に、頭の中がグワングワンと反響していて、もう一歩も歩けないというか、歩きたくなかった。
(ヒャ〜ッ、飲みすぎちゃったよ、ウハハハハハ)
気分的には、かなり陽気である。なんだか絵里ちゃんのことなどもうどうでもいいって感じ。そもそもクリスマスを別に彼女と過ごす必要性なんか何処にもないわけだ。悪友達と飲む方が気をつかわなくていいし、よっぽど楽しい。
(そうそう、今度は本当の僕を好きになってくれる人で、そして、僕が本当に好きになれる子を探すぞ)
見れば道行く人々の中にカップルの姿が目立つ。ラブラブな様子は羨ましくはあるけれど、焦る気持ちはなくなっていた。思えば、変に意地になって、相手をみつけようとしていたのが、大きな敗因なのかもしれない。
そのとき、道端に一台のロールスロイスがスーッと止まった。その豪華さにどんな人物が乗っているのだろうかと興味をもって見ていたら、運転手がすぐに降り立ち、後部座席の扉を開いた。
そして、中から現れたのは、タキシードをバッチリと着こなした長身の男であった。革のロングコートをさりげなく羽織っている。
服が似合っているだけではなくて、顔も凄いハンサムなので見惚れていたら、彼は優雅な身のこなしで片手を車の中に差し伸べた。その手を取って次に降り立ったのは、白いイブニングドレスの上に毛皮を羽織った、これまたビックリするくらいの凄い美女だった。
(ヒャーッ、お金持ちの美形カップルだ!!)
世の中、こんな不公平な事があるんだなあと、僕はしみじみ思ってしまった。
だって、ロールスロイスみたいな高級車なんて、それも運転手つきなんて、絶対に僕なんか乗る機会はないとないと思う。
おまけに二人とも凄く綺麗だし。そうだ、綺麗というのはああいう人達にこそ相応しくて、僕なんか彼らに比べたら、月とすっぽんくらいの違いはある。
女性は大人の魅力っていうのかな。20代後半ぐらいだけど、スタイル抜群で、スマートだけど出てるところはちゃんと出ててとてもセクシー。足なんかスラリと長くて細くて。落ちついた優雅な物腰が、キャピキャピな可愛さだけの絵里とは大違い。
だけど僕が惹かれたのは男性の方だった。凄く理知的な雰囲気の持ち主で、キリッと男らしく、それでいて繊細で優美で、文句のつけようがないくらいに格好良いのだ。
彼女をさりげなくエスコートする洗練された態度は、僕には絶対にない落ち着つきと自信に満ち溢れているって感じ。
そのカップルに注目しているのは、僕だけじゃなかった。通りを行く人達もチラチラと視線を走らせて、囁きあっている声が、それとなく聞こえてくる。
「見て、凄い、格好良い!!美男美女のカップルだわ」
「どこの金持ちだろう。住む世界が違うって感じだよな」
「あの女性、確かそこのビルのオーナーじゃないかな。ファッションビルを何軒も持っているって、ここいらあたりじゃ有名だ。雑誌とかにもインタビュー記事がのってたな」
「男は見たことないけど、恐らくホストじゃないか。彼女、金に物を言わせて、ホストをとっかえひっかえ恋人がわりにはべらせているってもっぱらの評判だぜ」
(へえっ、あの人、ホストなんだ)
だからあんなに格好いいのかと、僕は納得して頷いた。確かに洗練されたあの容姿と身のこなしは、ただ者であるはずがない。
(お金持ちなんだ、彼女)
見知らぬ世界を垣間見たような気がして、僕は二人の姿を目で追ってしまった。あんまり不躾に見惚れていたせいだろうか、女性の方が僕に気づいて、フッと笑ったような気がしたんだけれど、気のせいに違いない。やっぱり凄く酔っているのかも。
二人がビルの中に消えていくのを見守りながら、僕はああいう格好良い男になれたらいいなあと、しみじみと思った。
だって、あんな美女をつれて颯爽とエスコートできる洗練された態度って、取り繕って出来るものじゃなくて、普段から身についているものだと思うし、そんな出来る男っていうか、格好良い男になれたら凄いじゃないか。振られて、自棄酒飲んで酔っ払っているなんて最低だ。出来る事なら彼のようになりたい。
ぼんやりとした頭でそんな事を考えて、そうなった自分を想像してうっとりしているうちに、なんだか妙に眠くなってきて、いつしか僕は12月の夜に、外でウトウトと眠り込んでしまったのであった。
(本当、もう救いがたい馬鹿・・・・・・)
つづく
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