2004年3月13日
(2)


 「駄目だよ。こんなところで寝てちゃ」
「さあ、立って、立って」
 突然、身体を揺さぶられて、おまけに強引に両脇から支えられるようにして立ち上がらされて、僕は驚いて目を覚ました。

 見知らぬ男達であった。金髪で、ピアスや金のネックレスをして、派手な色と柄の服を着ていた。
 妙に親しげな感じで、一瞬、とても良い人達で、道端で眠り込んでしまった僕の事を心配して声をかけてくれたのかと思ったけれど、すぐにそれが大きな勘違いであったことを思い知らされた。

 「あっ、起きた。こんなとこで寝てちゃ、風邪ひいちゃうから、いいとこ行こう」
「そうそう、君みたいな可愛い子がこんなとこで一人じゃ寂しいだろう。俺達と遊ぼうよ」
「えっと、いいです。放してください」
二人組は僕の言うことなどおかまいなしに、力ずくで引きずるようにして、ドンドン歩き始めてしまう。

 「あの、放してください。やめて・・・・・・」
このまま何処か変なところに連れて行かれたら大変だと思って、思うように動かない身体で精一杯抵抗してみたけれど、両脇をガッチリと挟まれて、逃げる余地さえもない。

 「は・放せってば、放せよ!!誰か、助けて!!」
今度は叫んで見たけれど、呂律がまわって迫力が全然ない。男達はヘラヘラと笑いながら、通行人に聞こえるように、いかにも酔っ払った仲間を介抱しているかのように装った。

 「こらこら暴れるなよ。本当にこんなに酔っちゃって、酒癖悪いのなあ、お前」
「はいはい、良い子にしろよ」
これじゃいくら抵抗しても、ただ、僕が酔って暴れているみたいに思われてしまう。

 (どうしよう)
自分で動けなくなるほど酔っ払うなんて始めてだし、僕の運って今、最低なんじゃないかと思うぐらいついてない事ばかり。
 酔っ払いだと思った人達は、何事もなかったように僕の側を迷惑そうな顔をして、足早に通り過ぎて行く。なんか世界中の人に見放されたような気がして、泣きたくなってしまった。

 「遅れてすみませんでした。あの、私の連れに何か御用ですか?」
いきなり現れたその人は、男達から僕の身体をサッと奪い取ると、かばうようにして立ちはだかってくれた。
 毅然としたその態度に、男達はあからさまに動揺して、逃げるように去ってしまう。

 その突然現れた救世主は、タキシードを着て、黒の革のロングコートを羽織っており、仄かに柑橘系のコロンと煙草の香りがした。
 (えっ、まさか)

 僕は半信半疑でその人の顔を見つめたら、なんとやっぱり先程、ロールスロイスから降りてきたカップルの、凄いハンサムな男の人に間違いなかった。
 誰かがホストだと噂していたけれど、遠くで見た時よりも間近で見た方が遥かに何倍も格好良かった。

 男が男に惚れるっていうんだろうか。それは恋とかじゃなくて、こんなに素敵な人になれたらどんなにいいだろうって言う憧れみたいなものだと思う。
 「あっ、あの、あ・あり・・・・・・」
御礼を言おうと思ったのに、焦って言葉にならない。おまけに急に動いたせいか、なんだか気持ち悪くなってしまったし。

 「子羊ちゃん、大丈夫だったかしら?気をつけないとああいう悪い奴らにボロボロにされちゃうわよ」
そう言いながら僕に近づいてきたのは、白のイブニングドレスの美女であったが、僕にはもう見惚れる余裕がなくなっていた。

 「す・すみません」
それだけ言うのが精一杯。なんだかドンドン気持ち悪くなっていく。
 (なんか、吐きそう)
「あら、なんか顔色悪いわよ」
「き・気持ち悪い・・・・・・」

 胸はムカムカするし、頭はガンガン、グルグルだし。モウ最悪な状態だった。それでもこれ以上この人達に迷惑をかけられないし、こんな惨めな状態がなんだか恥ずかしくって、僕は慌てて彼らの元から離れようとしたけれど、それも出来ずにフラフラと足がもつれてよろめいてしまった。

 「あっ、ああっ」
倒れると思った瞬間、僕の身体を支えてくれる力強い腕があった。
 「すみません、うっ・・・・・・」
今日の僕って本当に最悪。助かったとホッと一息ついたのもつかの間、猛烈な吐き気に襲われて、気がつけば僕はハンサムなその人に向かって、ゲロッてしまった。
 そして、助けてくれた恩人になんて事をしてしまったろうなんて悩む間もなく、僕はその場で意識を失ってしまったのであった。
 (超最低!!)


 フッと気がつくと、僕は見知らぬ部屋のソファーに寝かされていた。かなり広いリビングで、20畳くらいはあるかもしれない。家具とか内装もかなり豪華な感じで、それらが整然と片付けられていた。

 (アレッ、何処だろう)
頭はまだグワングワンしていたけれど、僕はあやふやな記憶の糸をとりあえず手繰ってみた。

 (そうだ、残念会で飲みすぎて、酔っ払って変な二人連れに拉致されそうになって、助けてもらったんだ。うわぁーっ、それなのに僕ったらその人にとんでもない事しちゃったよ。よりにもよってゲロッちゃうなんて、なんて失礼なことしちゃったんだろう)

 そして、僕はハッと今の自分の状態に気づいた。
 とりあえずシャツとズボンは着ていた。でも、その上にきていたセーターとコートは脱がされており、周囲を見渡したが見当たらなかった。

 たっぷり食べて飲んでいたからさぞかしかなりの量であったと思う。とりあえずその痕跡は見当たらなかったけれど、何処かすっぱいような臭いが自分から漂っているような気がした。
 僕の着ていた服なんかどうせ安物だからかまわなけれど、助けてくれたあの格好良い人(誰かがホストだって言ってたけれど)、その大恩人に向かって吐いてしまうなんて。
 彼はタキシードの上に黒の皮のロングコートを羽織っていた。あれはどう見ても高そうであった。

 (ああ、なんてことを・・・・・・。僕の馬鹿、馬鹿!!もう、二度とお酒なんか飲まないぞ)
酒は飲んでものまれるである。それなのにこんな粗相してしまう奴に、彼女なんか出来るわけがない。

 カチャッ
部屋の扉がおもむろに開いて、僕は驚いてそちらをみやった。
 「あっ」
部屋に入って来たのは、助けてくれた大恩人の彼に間違いなく、僕は慌てて立ち上がった。 お風呂上りらしい彼は、バスローブを着ており、首にかけたタオルで濡れた髪を拭っていた。

 「気がつきましたか?」
丁寧だけど冷ややかな声で問われて、僕は内心焦りを隠せなかった。
 (怒っているのかな?でも、仕方ないよね。凄く迷惑かけちゃったもんね)

 「は・はい。ご迷惑かけて、どうもすみませんでした」
僕は本当に申し訳なくて、思いっきり頭を下げた。すると、また頭がクラクラして、そのまま後ろのソファーによろめいて、座り込んでしまった。

 (もう情けないったら!!)
ガックリ意気消沈していると、彼がゆっくりと僕の方に近づいてきた。
 「コートとセーターは、酷い状態でしたのでクリーニングに出しました。明日の朝には届くでしょう。さすがにベッドに寝かせるのには少し臭いましたので、ソファーで勘弁してください」

 「いいえ、とんでもないです。本当にご迷惑かけてすみませんでした。その貴方には助けていただいた上に、とんでもないことをしでかしちゃって・・・・・・」
慌ててそう言うと、彼の整った口元にフッと笑みが浮かんだ。

 「分かっているようですから、私があれこれ言うのは止めておきましょう。冴子女史のたっての願いでしたので、助けただけですから。私としては自分の始末も出来ないぐらいに酔った人間などに、情けをかける必要はないと思ったのですが・・・・・・」

 それは遠慮のない痛烈な一言であった。が、僕は何も言い返すことが出来なかった。それは、悔しいけれど彼の言う事が正しいっていうのが、よく分かっていたからである。
 でも、面と向かってハッキリ言われると、やっぱりショックだった。

 「本当にすみません。これ以上ご迷惑はかけられないので帰ります」
僕は半分自棄になって、ソファーから勢いよく立ち上がった。
 「こんな時間では、電車も動いていませんよ。それにそんな薄着でこの寒空に外に出るつもりですか?これ以上、私の手を煩わせるのは止めて下さい。帰るのなら朝になってからにしてください」

容赦なく言われてしまい、反論も出来ずに僕はその場に立ち尽くしてしまった。
 (何もそんなに冷たく言う事ないじゃないか。自分の馬鹿さ加減は、僕だってよく分かっているよ)
悔しさにギュッと拳を握り締めた。

 (本当になんて夜なんだろう。助けてもらったのはあり難いけど、こんな風に嫌味をいうくらいなら朴っておいてくれた方が良かったのに・・・・・・)
ついつい心の中で愚痴ってしまう僕にかれは、追い討ちをかけた。

 「さあ、さっさとお風呂に入ってその臭いを何とかしてください。それから着ているものは洗濯機に放り込んで、スイッチを入れてください」
一方的に指図されたけれど、なんだか僕はそれに素直に従いたくなかった。

 (何だ、何だよ。何様なんだよ。偉そうに指図しちゃってさ。ハンサムで格好良くて、超美人の彼女がいるからってさあ、僕に意地悪しなくてもいいじゃないか。確かに僕は彼女にふられて、自棄酒飲んで、酔っ払っちゃう馬鹿だけど、そんなに言わなくてもいいじゃない)

 思考が滅茶苦茶だった。なんだかやけに哀しくなってきて、俯いた僕の目からはポロポロと涙が零れ落ちた。
 「何を泣いているのですか」

 気がつけば、彼がすぐ側まで歩み寄って来ており、ヒョイと右手を伸ばして、僕の顎を捕らえると、上を向かせた。僕はその強引さがまた気に障って逃れようとしたが、彼はそれを許さなかった。

 「まだ酔っているようですね。今度は泣き上戸ですか。まったく酒癖が悪いですね」
「なんだよ、このいじめっ子。酔ってなんかないぞ」
「やれやれ、まったく手のかかる坊やだ」
彼は顎から手を放すと、今度はシャツの襟をヒョイと掴み、入ってきた扉を開いて廊下に出ると、僕をズルズルと乱暴に引きずって、風呂場へと僕を連れて行った。

 「何だよ、放せよ」
一応、暴れてみたけれど、彼には全然通じなかった。それどころか風呂場に浴室に僕を放りこんだかと思うと、シャワーの栓を開いたのであった。

 それは温かなお湯であったが、水量は多く、あっという間に服を着たままの僕を濡れ鼠にしてしまった。
 「冷たい水にあたって頭を冷やしてもらいたいところですが、風邪をひいてもらっては困りますので、さっさと服を脱いで、ゆっくりと湯に浸かって下さい。いいですね。まさか、それまで私にさせようと言うわけではありませんね、坊や」

 こんな屈辱的な事は始めてであった。
「坊やじゃありません。一人で出来ます。さっさと出て行って下さい!!」
僕は自棄になって叫んでいた。すると、彼はヤレヤレとばかりに呆れた顔をしてみせて、その整った顔に苦笑を浮かべて、風呂場を出て行った。

 (何だよ、何だよ)
僕はやけ気味に服を脱いで、言われたとおり(とっても癪なんだけど)、洗濯機に入れて、スイッチを入れると、風呂場に戻り、湯船に飛び込んだ。

 (あっ、気持ちいい)
お湯の温度は適温に管理されているシステムらしかった。湯船は足を伸ばしてもゆっくりと入れる大きさだし、風呂場そのものがゆったりと広くて、豪華だった。僕の家の足を抱えて入らないといけないプラスチックのバスタブとは大違いで、まるで何処かの高級ホテルのバスルームみたいに綺麗であった。

 なんだかとても気持ちよくて油断してしまったのか、再び睡魔が襲って来て、いつしか僕はお湯に浸かったまま、眠り込んでしまっていた。
 (ああ、もう、救いがたい・・・・・・)

                                         つづく
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