
2004年7月9日
(4)
「うう〜ん」
グルリと寝返りをうった拍子に目が覚めた。身体がなんだかけだるくて重く、頭がガンガンする。
そして、僕は自分が知らない部屋のベッドで寝ている事に気がついた。
(あれっ!?昨日、やたらと気持ち良かったのは、夢?)
ぼんやりとはっきりしない頭で考えながら、もっそりと重い身体を引き起こす。と、身体中に筋肉痛のような鈍い痛みが走り、何故か妙に疲れてきっている自分を自覚した。
カチャッ
扉が開いて見知らぬ人が入ってきた。否、どこかで会ったような気はするのだけれど、思い出せない。
紺色のスーツをまるでファッション雑誌から抜け出してきたモデルのように、見事に着こなしている凄いハンサムなその男が、僕が目覚めているのを見て、親しげに笑いかけてくる。
「お目覚めですか?身体は大丈夫ですか?」
その眩しい笑顔に、僕はつられるように曖昧な微笑を浮かべて、コクンと頷いてしまった。
(ちょっと疲れているみたいだけど、熱とかはないみたいだし・・・・・・)
「昨夜は、とても素敵でした。このまま貴方と別れてしまうのは、とても心残りです。私はこれから仕事で出かけますが、よろしかったら待っていてくださいませんか。夕食をご一緒致しましょう。いいですか?」
「は・はい」
別に予定は何もなかったので、僕はとりあえず頷いて見せた。だってやっぱり何があって、こんなことになったのか気になるし。
「良い子です」
ツカツカと僕の方へと歩み寄ってきた彼は、ベッドの横に腰掛けると、なんと僕に口づけた。
(!!??????!!)
驚いていたら、彼の舌がスルリと入り込んできて、口腔を思うままに貪られてしまう。ところがこれが何故かとても気持ちよくて、いつの間にか僕もそれに応えてしまっていた。
(どうしたんだろう、僕。男とキスを、それも濃厚なやつをしているのに、嫌じゃないなんて!!)
嫌どころか、身体にジンワリした甘い疼きが生まれて、すぐにそれだけでは物足りなくなって、別の刺激がもっともっと欲しくなってしまう。
(おかしいよ、絶対!!)
頭は異常事態に混乱しているというのに、身体が彼を求めているっていうか、暴走しているって感じである。
いつしか僕は彼の広い背中に手を回して、自ら求めてしまっていた。下半身が熱く反応し始めてさえいたけれど、恥ずかしいとか異常だとか感じる意識が、本能の欲求に圧倒されて、どうでもよくなってしまっていた。
(・・・・・・ああ、そうだ。僕、昨日、この人とHしちゃったんだ・・・・・・)
思い出したというよりも、身体が彼を覚えていた。彼が触れたところから甘い疼きが広がって、とても気持ちよくなれる事を、知っていたのである。
それなのに、不意に彼はキスを止め僕の腕を外すと、スクッと立ち上がり、僕はその弾みでコロンとベッドに無様に転がってしまった。
「本当に楽しい方ですね、貴方は。大胆なお誘いですが、この続きはまた夜に。それでは行って来ます」
「い・行ってらっしゃい・・・・・・」
変化し始めた股間を手で押さえつつ、僕は身体を起こして部屋を出て行く彼の背中を見送った。
(こんなに煽っといて、途中で放り出すなんて、酷いや)
たった一夜で、彼の虜になってしまうなんて。それも男の彼にメロメロだなんて、昨日までの自分なら絶対にありえない事だった。
けれども、確かに今、彼を欲しいと思ってしまっている。
(これでいいのかな?)
熱くなってしまった自分の身体を持て余しつつ、とても普通とは思えない今の状況について考えてみた。
(とても、人には言えない話だよね)
酔った勢いで初対面の人と、誤解からとはいえHしちゃうなんて、かなり非常識だと反省はしたけれど、一方で「この続きはまた夜に」と言った彼の言葉を素直に嬉しいと思い、期待しちゃっていたりもする・・・・・・。
(ヒャア〜ッ、僕って凄く節操なしだったんだ)
初めて知ってしまった隠れた自分の正体を、簡単に受け入れてしまうには、ちょっと抵抗はあるけれど、だからといって、このまま逃げ出して何もなかった事にしてしまうのも躊躇われた。
だって、僕達、まだお互いの名前も素性も良く知らないのである。彼が帰ってくる前にこの部屋を出て行けば、もう二度と会う事はないだろう。そうすればすぐに忘れて、何もなかった事にして、平凡に生きていけるかもしれない。
それに彼にはあの白いイブニングドレスの美人の彼女がいるし、ホストって仕事柄きっと凄く沢山の彼女がいるに違いない。その中で僕ってきっと最低ランクの存在だと思うし、彼が僕の事を好きになってくれる保証は全然ないのだ。
(どうしよう?)
出て行こうか、それともこのまま彼の帰りを待とうかと、僕は真剣に悩みつづけたのであった。
ピンポ〜ン
部屋のチャイムが鳴り、僕はリビングのソファーから立ち上がった。カチャカチャと扉の開かれる音がして、誰かが入ってくる。
(彼だ!!彼が帰ってきた!!)
そう喜んでしまった自分の素直な気持ちに、僕はついに観念した。
一日悩んだ結果、彼のことがもっと知りたい、一緒にいたいという気持ちが、僕の固定観念を打ち破り、結局は逃げ出すことが出来なかった。
(このまま終わりになんて出来ない。だって、何も始まってないんだもん)
Hしたのは単なるきっかけであって、これからおつきあいを始めなくてはならないのだ。彼が相手してくれるかどうかはわからないけれど、僕はそうしたいと願っていた。
「おかえりなさい」
僕はドギトキと胸を高鳴らせながら、笑顔で彼を迎えた。
つづく
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