クリスマス特集 

SWEET
(その1)

2000年11月26日 更新


 カーテンの隙間から零れる朝の光が筋となって部屋に差し込み、そのうちの幾筋かが自分の傍らで眠っているビンセントの髪に当たって、キラキラと限りなく金色に近く見えるほど輝いている。
 光に透けた豊かな髪は、まねで豪奢な冠を戴いているようで、その洗ったままで梳かしていない、乱れてはいるけれども大層柔らかそうな自然な髪に、触れてみたい気持ちでいっぱいであったが、彼の眠りを妨げてしまいそうで、出来ないままに、秋生はただぼんやりと、愛しい人の寝顔に見惚れていた。

 (ビンセントってやっぱり綺麗だな〜)
 いつもキチンと整えられている髪が額を覆い、普段は微塵の隙も見せない彼の端正な容貌が、無防備に安らいでいる。
 そして、伏せられた睫の思わぬ長さに秋生はちょっと驚かされていた。普段のキリッとしたビンセントも素敵だが、今の彼は十分に五つは若く見えるし、可愛いとさえ思えてしまうほどなのである。

 いつも見ていて、ビンセントが綺麗で素敵だと言うことは、もう十分に知り尽くしているはずなのに、それでも会うたびに新たな発見をして、その度にまた恋してしまう自分がいる。
 (ああ、素敵すぎるのも罪だよ〜っ)
すっかり心とらわれてしまっている自分に、秋生はフッと小さな溜息を一つつくのであった。

 大概、ビンセントの方が早く起きてしまうので、彼の寝顔なんかゆっくりとみる機会がなかったのだけれど、ちょっと考え事をして、眠れなかった結果のこの発見。無防備に眠るビンセントは、とても辣腕の事業家だとは思えないし、まして、本当の姿、『黄龍』の眠りを五千年も守り続けてきた聖獣、『青龍』だとは信じられない。

 でも今、確かにベッドの隣で安らかな寝息をたてているのは、ビンセント・青であり、自分、工藤 秋生にとって誰よりも大切な、愛しい存在に間違いなく、その正体がなんであろうと、自分にはただのビンセントでいてくれれば良いと思うのだけれど、現実は思うようにはいかず、かなり厳しい状況で、それが眠れなかった考え事の原因となっているのであった。

 年末が近づき、ここのところビンセントは仕事が忙しいとかで、帰ってくるのは日付が変わってからであり、休みも取らない日々が続いていたりする。
 電話は申し訳程度にはかかってくるけれども、秋生の様子を尋ねるだけで簡単にあっさりと切ってしまうのだ。

 東海公司という香港でも一、二を争う大企業の社長が多忙であることは、秋生にも分かりきっていたし、自分のせいで大切な仕事を放り出させてしまうことも度々あったので、申し訳ないという思いもあって、『会えないのは、寂しい』と我が儘を言うことも出来ないでいる。
 だから、最初のうちは、仕事だからしようがないと諦めていたのだけれど、それが一週間、二週間と過ぎるに連れて、秋生の心には不安の芽がムクムクと育ってしまっていた。

 会えないというもどかしさもさることながら、帰りが遅いのがとても仕事だけだとは思えない程、ビンセントの態度が以前とは一転して、至極つれないものになってしまったように、秋生には感じられてしようがないのである。


 「ねえ、ビンセントの様子、何か変じゃない?」
一昨日の事、不安に負けた秋生は、セシリアにそれとなく彼の事を尋ねてみたのであった。
「仕事が忙しいんじゃないの。いつもベタベタしてるんだから、ちょっとくらい我慢しなさいよ」
呆れた表情のセシリアに、ベタベタは酷いなと思いつつも、反論するのも無駄だと諦めて、心の中の蟠りを、素直に打ち明けてみたのであった。

 「仕事だったら良いんだけど、でも、何だか、ちょっと変なんだ。素っ気ないというか、避けられてるっていうか。そんな感じがするんだ。もしかしたら僕のこと、嫌いになったのかも知れない」
ろくに会えなくなって、二週間、そんな不安が秋生の中に大きく育ってしまっていた。
 そもそも、嫌われる原因の心当たりは、一つや二つどころではなく、そんな愚かな自分に彼が愛想を尽かしてしまっても、仕方ないと思うが、本当に嫌われてしまったとあっては、それを心穏やかに受け入れるには、余りにも彼の事を愛しすぎてしまっていた。

 「ちょっと秋生、どうしてそういう風になるわけ。もう、貴方って一人で考えては、いつも勝手に空回りしちゃうんだから。ビンセントが秋生の事を嫌いになるなんてあるわけないじゃないの。それとも何か、あったの?」
結構、マジに考え込んでしまっている秋生の様子に、セシリアも気のせいではすまされなくなって尋ねるのであった。

 「何かってわけじゃないけど・・・・・・。あのね、二ヶ月ほど前にさあ、ヘンリーに日本に彼女がいなかったのかって尋ねられたじゃない。あの時さあ、僕は特定はいなかったけれど、それなりに美味しいめにあった話をしたでしょう?」
その時にセシリアが嫌そうな顔をしていたのを思い出して、秋生は遠慮がちに切り出した。

 「ああ、あの年上のOLに誘われて、『君、始めて?』で、4回も良いおもいしたってやつね」
「うん・・・・・・。あれね、誘われたっていうのは本当だけど、最後までいっちゃったってのは、嘘なんだ。ちょっとさあ、ビンセントを驚かそうと思ってさあ、嘘ついちゃったんだ」
情けない話だが、秋生は素直に告白した。
 それはほんの出来心であり、大切な恋人の気持ちをちょっと確かめたくなって、言ってしまった嘘であった。

 「へえ〜っ、そう、見栄張って見せたわけね」
ニヤニヤと笑うセシリアに、顔から彼我でそうな程恥ずかしい思いと闘いながら、秋生はコクリと頷くのであった。
 「だって、ビンセントって、凄くもてるじゃない。僕に会う前にもブリジット・羅やバイオリニストやデザイナーとか、つき合っていた彼女がいっぱいいるって言うし。ビンセントくらい素敵だったら仕方ないのは分かっているけれど、でも、気にならないわけじゃなくて、たまには僕だってビンセントに妬いて欲しいなんて思ったわけで・・・・・・」
「はいはい、分かった。分かったわ」
『しょうがないわね』とばかりに苦笑するセシリア。

 「確か、理想の彼女は、楚々とした美少女だったわよね」
「うん。それもビンセントったら、『まあ、理想とおっしゃるのなら別に』なんさあ、全然気にしてないって感じで。その時はさあ、まあ、全然嘘だったわけだし、空振りに終わっても大して気にならなかったんだけど、ここのところすれ違いが続いちゃって、もしかしたら僕って愛されてないかもなんて、思ったわけで・・・・・・」
秋生がそれをマジに悩んでいるのを知って、セシリアは肩をガックリ落とし、重い息を吐くのであった。

 「そりゃビンセントだって5000年も人間の中で生きてきたわけだから、そりゃいろいろとあったわよ。恨まれて呪詛された相手だっていたし。だけど、秋生ほど執着している相手ってのはお目にかかったことはないわ。これは本当よ。私が言えるのはそれだけだわ。ああ、もんこんな事私に相談されても困っちゃうわ。結局、オノロケじゃない。そんなに心配だったら、直接会って聞いてみればいいのよ」

 「でも、仕事が忙しいのに、邪魔しちゃ悪いし・・・・・・」
「夜這いでもかければ良いじゃない。夜は遅くなっても自宅には戻っているみたいだし、待ってて聞いてみれば良いのよ。その、変な遠慮がそもそもおかしいんだわ。秋生だってビンセントの事、本当に好きなんでしょう?愛しているんでしょう?」
「うん」
「だったら、頑張りなさいよ。やっぱりそういうのは本人同士の問題だと思うし。もう、秋生ったらしっかりしなさい。あれは本命がいるのに浮気するほど器用な男じゃないわよ。来るもの拒まずの時代も確かにありはしたけど、本気の相手には忠実なタイプだわ」

 「僕が本命だったら良いけどさあ」
あくまで弱気な秋生の発言に、セシリアは呆れてしまうのであった。
 「ああ、もう、秋生ったら焦れったい。しっかりしなさい、絶対大丈夫だから」
 そして、セシリアに励まされた秋生が意を決して〈夜這い作戦』を実行したのであった。


 『夜這い』といっても、帰ってくるのを彼のベッドルームで待っていただけで、結局は待ちくたびれて、彼のベッドに潜りこんで眠ってしまったのだけれど・・・・・・。

 「秋生、秋生」
名前を呼ばれて目を覚ますと、そこには会いたかったビンセントの端正な顔が、心配そうに覗き込んでいた。
 「あっ、お帰りなさい。ちょっとビンセントの顔が見たくなったから、待ってたんだけど、僕、寝ちゃったみたい」
言い訳しながら時計を見ると、〈2:30〉を過ぎていた。

 「いつもこんなに遅くなるの」
「ええまあ」
上着を脱ぎ、ネクタイを緩めるビンセントの顔が少し、秋生にはやつれているように見えた。
「仕事、大変なんだね。御免ね、勝手に入りこんじゃって。でも、ここのところずっと会えなかったからさあ」
「会いたいと思ってくださって、嬉しいです」
ビンセントの耳元で囁くように言う言葉がくすぐったくて、竦めたうなじに彼の吐息がかかったかと思うと、軽い口づけを受けた。その優しさに、自分の不安が思い過ごしであったと安心したのもつかの間、それ以上触れようともせずに、急に身を翻すと、何も言わずにバスルームへと向かうビンセントの後ろに姿に、秋生は慌てて起きあがり、声をかけるのであった。

 「ビンセント!!」
呼ばれて立ち止まったが、振り返る事もしなかった。秋生はその自分を明らかに避けようとしている彼の背中に、必死な思いをぶつけるのであった。
 「あっ、あのね、ビンセント。クリスマスはどうするの?もし、まだ予定がなかったら、僕と一緒に過ごして欲しいんだ」
「すみませんが、仕事がありますので・・・・・・」
躊躇うことなく即座に答えが返ってくる。

 「あっ、そうだよね。ううん、御免なさい。それなら仕方ないよね」
秋生は自分の表情がショックに強ばるのを感じながら、無理矢理笑顔を作って、ビンセントがバスルームへ消えるのを見送るのであった。
 (やっぱり変だよね。思い過ごしじゃないよね)
聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、秋生は自分の不安が間違いではなかった事を確認するのであった。
 胸が張り裂けそうに痛み、泣きそうになって毛布の中に潜り込んで、丸くなってジッと堪える。だが、涙は静かに秋生の頬を流れ落ちるのであった。

 シャワーの音が止み、パスルームから出てきたビンセントが、やがて、そっとベッドへと潜り込んでくる。
 「秋生、もう、寝ましたか・・・・・・おやすみなさい」
そういうビンセントの優しい声を、泣いていたのを知られないように背中で聞きながら、それでも微かな期待を抱いて、彼の様子を伺っていた秋生は、やがて聞こえ始めたビンセントの静かな寝息に、最後の期待さえも木っ端微塵に打ち壊されて、辛くて長い夜を一人、悶々と過ごしたのであった。

                                  つづく


コメント
冬コミ新刊の原稿もせずにフラフラして、そして、ホームページの更新に勤しむ私って、何を考えているのだろうと、自分でもとても不思議。
結局、お尻に火がつかないと、焦らない性格は、直らないのかしら。
トホホホホ。

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