クリスマス特集 

SWEET
(その2)

2000年12月10日 更新



 (こんなに素敵なビンセントを独り占めにしようなんて思った僕が、馬鹿なんだよね。身の程知らずもいいところ。少しでもビンセントに愛されたっていうだけでも幸せだと思わなくっちゃいけないんだ。でも・・・・・・)
 一晩考えた結果は、やっぱり自分はビンセントが好きで、彼にどんなに嫌われようと、側にいたいという事であった。それがどんなに辛いことかも分かっていたけれども、今、彼に会えなくなるという方が、死ぬよりも辛いと思うのであった。まして諦めるなんて出来ない・・・・・。

 自分が『黄龍』の転生体であり、その『黄龍』が寝ぼけている間は、ビンセントは青龍としての使命を果たすべく、自分の側にいて守ってくれる。
 それは狡い考えかも知れないが、それでも縋らずにはいられないほど、秋生は追いつめられていた。

 以前、『工藤 秋生』という人間ではなく、『黄龍』の転生体である自分を大切にしてくれているんだと感じたとき、それがどうしても許せなくて、こだわっていた事もあったというのに、今の秋生にとっては、転生体であった事が、どんなに嬉しく思えたことか。そうでさえあれば、とりあえず自分はビンセントの『特別』で在れるのだ。今はそれでもいいと思えるのであった。

 (こんなに狡い僕なんか、ビンセントに嫌われちゃっても仕方ないよね。でも、それほどに僕は、好きなんだよ、ビンセント・・・・・・)
 傍らで眠り続けているビンセントに心の中で語りかけながら、秋生はついに耐えきれなくなって、朝に光り輝いている彼の髪にそっと触れ、口づけてみるのであった。

 ビンセントの瞼が揺らいで、静かに開かれ、その涼しげな瞳が、少し寝ぼけた風にぼんやりと秋生を捕らえる。
「秋生・・・・・・おはようございます」
低く掠れた寝起きの声。それさえもセクシーであった。

 「御免なさい、起こしちゃった」
「いいえ、そろそろ起きなければならない時間で、丁度良かったです」
時計は〈7:30〉を回っていた。
 「疲れているみたいだ。無理しないでって僕がいっても仕方がないと思うけど、仕事、頑張ってね」
精一杯の思いを込めた言葉を秋生は口にする。と、ビンセントの瞳が和らいで微笑んでくれた。その優しい笑顔は、秋生にとっては暗い心に差し込む朝日のように思われて、ほんの少し救われたような気がするのであった。
 (何も望まなければいいんだ。こうして、一緒に居られれば良い。良いんだ)
と、何度も繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせる秋生であった。


 そして、最低最悪なクリスマスが訪れた。カラフルな照明やディスプレイに彩られたお店から、流れてくる軽快な鈴の音色や音楽も、秋生の沈んだ心には空しく響くばかりであった。
 道を行くカップルはいつの日にも増して仲睦まじく見え、寂しい自分の状況を思うと恨めしい限りであり、ますます秋生の気持ちは落ち込むのであった。

 『何も望まない、一緒に居られれば良い』という健気な思いで過ごす毎日は、針のむしろに座っているような緊張感と苦悩の積み重ねで、耐えかねた心は、誰にも伝える事の出来ない空しい悲鳴をあげていた。が、最早逃げることさえも出来ずにいるのであった。

 折角のクリスマスだというのに、ビンセントは仕事、セシリアもヘンリーもユンミンも他に約束があるからとかで、秋生は一人。学校の友達からも誘いが全然かからなくて、不人気な自分という存在の空しさを、こんな形で思い知らされるとは、思ってみないことであった。まさに不幸が怒濤のように押し寄せてきたという感じである。

 イブである今日も、朝から家でゴロゴロと過ごしていたのだが、余りの空しさに着でも紛らわせようと賑わう街に出てきたものの、雑踏の中で一層孤独を感じてしまい、秋生は自分の居場所を完全に見失ってしまっていた。

 (クリスマスっていえば、やっぱり恋人と過ごすのがベストだよね。デートして、ホテルのディナーを食べて、そのままチェックインしてさあ、ロマンチックな夜を二人きりで過ごすんだ)
 本来のクリスマスの意味からかけ離れた二編の間違った慣習に、どっぷりと洗脳されている秋生にとっては、クリスマスへの意気込みは大きく、特に今年は今までの寂しい身の上とは違って、共に過ごす特別な相手が出来たと言うこともあり、随分前からそれはそれは非常に楽しみにしていたのである。ところがこの大外れ。今までになく心寂しいクリスマスを迎えることになってしまのであった。

 あてもなく街をぶらつきながら、ショーウインドウを何気なく見て歩いていた秋生、ふと、ある店の前で立ち止まった。そこに飾られている黒のカシミアのコートと革の手袋とマフラー。
(あっ、ビンセントが着たら絶対格好良いなあ)
見た瞬間そう思って、それらを身につけたビンセントの姿を思い浮かべて、うっとりとしてしまった。

 (絶対似合うよね。そうだ、クリスマスプレゼント、まだ買ってないし・・・・・・)
ショーウインドウに張り付くようにして値段を確認すると、品物の良い分、かなり高額ではあったけれども、買えない値段ではない。絶対に似合うという確信のもとに、秋生は魅入られるようにフラフラと見せに入ると、衝動的に買ってしまうのであった。


 プレゼント用の包装のなされた包みを大事そうに抱えて、浮かれて自分のマンションに帰ってきた秋生は、ビンセントにすぐにでも手渡したいという思いに負けて、東海公司の社長室への直通電話の番号を押していた。
 (仕事、邪魔しちゃいけないっていうのは、分かってるけれど、ちょっとだけでいいから、ビンセントに会いたい。会って、渡したい)
そんな健気な思いにドキドキと高鳴る胸を抑えて、コール音を数えるのであった。
 (一回、二回、三ーっ!!)

 カチャリッ
【はい、東海公司、社長室です】
(あれっ、違う。廖さん!?)
「あっ、あのう、工藤 秋生です。こんにちは」
【ミスター工藤、こんにちは。社長でしたら先程お帰りになられましたよ。今日はパーティー堕そうですね。明日からの御旅行のために、此処のところ随分無理をなさいましたから、ゆっくりと楽しんできてくださいね】
(パーティー、旅行。そんなの聞いてない。知らないよ。僕とじゃないんだ!!)
電話の向こうの廖に叫びそうになって、秋生はグッと言葉を飲み込み取り繕う。

 「あっ、それじゃいいです。どうも御免なさい」
「はい、ミスター工藤、良いお年をお迎え下さい」
秋生は目の前が真っ暗になるような信じられないショックに、震える手で受話器を置くのであった。
「うっ、ううっ」
嗚咽が漏れて、ポタポタと涙がこぼれ落ちる。

 (やっぱり他に好きな人が出来たんだ。僕は捨てられちゃったんだ・・・・・・)
それでも思い出すのは、ビンセントの暖かな微笑みばかり。秋生はプレゼントの包みを抱き締めて、床にヘナヘナと座り込むと、ただなきじゃくるのであった。
 (ビンセント・・・・・・ビンセントが好きだ。会いたいよ・・・・・・)

 だが、今更泣いたところでビンセントが戻ってくるわけではない。恋人の気持ちを確かめようとした身の程知らずの自分がいけなかったのだ。
 呆れて心変わりしたビンセントを裏路事など筋違いも甚だしく、ただ自分の馬鹿さ加減が、愚かさが嫌になり、後悔の涙を流すばかりであった。

                                  つづく
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