クリスマス特集 

SWEET
(その3)

2000年12月25日 更新



 気がつけばいつの間にか陽が暮れてしまったようで、部屋の中はすっかり暗闇に包まれていた。が、灯りをつける元気もなく、秋生はただソファーに横になってじっと蹲っていた。
 泣くだけ泣いたので涙はもう涸れ果てていて、ぼんやりとした頭は酷く重たく、何をする気力が微塵もなかった。暗闇の中に浮かび上がったデジタル時計の文字盤は、6:40を示していた。

 頭を過ぎるのは、今頃、誰かと楽しい一時を過ごしているだろうビンセントの事ばかり。きっと自分とは違って、綺麗で聡明であろう相手の人(多分、女性だろうと思う)を優雅にエスコートして、華やかなパーティー会場の中で、誰からも素晴らしいカップルとして注目されているに違いなく、もしかしたら、豪華ホテルの最上階のスイートルームで、暗闇の中に浮かび上がった100万ドルの夜景をバックに熱い抱擁を交わしているかもしれない。

 そんな他愛もない想像が次から次にわいてきて、秋生は胸を掻き毟りたくなる程の嫉妬を覚えていた。何も考えまいとするのだが、そう思う一方で、ビンセントの優しい微笑みを自分から奪ってしまった相手を思って、自分でも嫌になる程のあらぬ想像をして、底なし沼へとズブズブと沈み込んでしまうのであった。

 トゥルルルルル、トゥルルルルル
突然、電話が鳴り始める。出る気もなく、居留守を決め込もうと思っていた秋生であったが、一向に鳴りやむ様子もないので、仕方なく重い身体を引きずるようにして、受話器を取るのであった。

「はい、工藤です」
ムクれた愛想のない声で出た。
 《もしもし、ミスター工藤?秋生ですか?》
(ビンセント!!)
思いがけない相手の声に、声が震えて出なかった。
《もしもし、秋生。どうかしましたか?》
(なんだよ、今頃)

 今まで、その事の事ばかり考えて思い悩んでいた自分の気持ちも知らぬ相手の、変わらぬ優しげな態度が嫌で、一人苦しんでいる事が何だか理不尽のような気がして、怒りがフツフツとわき起こってくる。が、秋生はそれを表に出すことさえも癪に思えて、わざと平静を装って、何でもないような冷たい声で答えるのであった。

 「もしもし、ビンセント。あれ、どうしたの。パーティーじゃなかったの。昼間、会社に電話したら、もう帰ったって廖さんが教えてくれたよ」
(僕ってなんて嫌らしい奴なんだろう)
と、思いながらも、彼の出方を息を潜めて待った。
 《・・・・・・ええ、実はそうなんですけれど、秋生、どこか具合でも悪いのですか?
声が少し変ですよ》

 少しあいたビンセントの間が自分の想像を確かなものだと証明しているように思えて、ますますムッとして心とは裏腹な言葉を吐いてしまうのであった。
「ちょっと眠っていたからじゃない。別に心配してくれなくても平気だから」
 (もう『黄龍』だからって気を使わなくても良いんだよ。その方が辛くなくて良い。期待しないから・・・・・・)
心の中で本音を呟く。だが、決して声に出しては言えなかった。それこそ、『終わり』であることは、目に見えていた。

 《そうですか。それなら良いのですが・・・・・・。実はお願いがあるのです。セシリアかヘンリーにでも頼もうと思っていたのですが、つかまらないので貴方にお願いしようと思いまして》
「えっ、何」
《実は家に忘れ物をしてしまいまして、申し訳ないのですが急いで届けていただきたいのです。居間のテーブルの上に紙袋にいれて置いてあるので、すぐに分かると思います。そちらに迎えの車をやりますから、お願いします。行く先とかは、車の方に指示してありますから。お願いしますね》

 (それって勝手過ぎるじゃないか)
「僕も約束があって、これから出かけるから」
見栄をはってみる。が、それはあっさり無視されてしまった。
 《それでは、お願いします。後10分程でマンションの前につきますから。では、また後で》
「えっ、ちょっと待ってよ。困るよ!!」
素直に『うん』と言えず、渋る秋生の言葉に耳を貸そうともしないで、電話を切ってしまったビンセントの一方的な態度に秋生は腹立たしさを覚えて、受話器をガチャンと乱暴に置いた。

 (な・なんだよ。人を何だと思っているんだよ、ビンセントの馬鹿。馬鹿野郎!!。行かないからな!!)
 そのままソファーに腕組みをして、ドサッと座り込んで一分。チラッと時計を伺って、二分。立ち上がってうろうろして三分。思い立って洗面所に行って、鏡に映ったやつれた自分の顔と、まだ赤く充血している目を冷たい水で洗って、部屋に戻るとモウ7分。
(絶対行かない!!)
そう思いながらも、ビンセントへのプレゼントを持って、何故だかいそいそと玄関へ向かっている自分。

 扉を閉めると、もう遅れるとばかりに、慌ててエレベーターのボタンを押して、なかなか来ないエレベーターの動きを表すランプを恨めしげに見上げながら、イライラと待つのであった。
 扉が開くと同時に、表へと飛び出した。マンションの表に見慣れたロールスロイスを発見。顔見知りの運転手に迎えられて、秋生は車に乗り込んだ。

 「ビンセントから何か聞いてる?」
「はい、お連れするようにとだけ」
「そう」彼らは社長であるビンセントに忠実であり、余計な事を話さない。それが分かっているので、秋生はそれ以上何も聞かなかった。
 ロールスロイスは、ビクトリアピークのビンセント邸へと真っ直ぐに向かっていった。

 主のいない豪邸は、闇の中、その姿車のライトの中に浮かび上がらせた。車が玄関の前に止まると、
「すぐに戻るから」
と、言い残して車を出た。ビンセントからもらっている鍵を使って扉を開きながら、いつかこの鍵を帰さなければいけない日が来ることを思って、心が張り裂けそうになったが、そんな思いを振り払うように、秋生は静まりかえった家の中へと入って行った。
 (確か居間のテーブルの上だって言ったよね)
灯りをいちいちつけるのも面倒だったので、暗闇の中、手さぐりで居間の扉を開いた。

 パパパパパーンッ
爆発音と友に、突然、目映い光に照らされて、秋生は一瞬、何が何だか分からなくなって、その場に立ち尽くすのであった。
 「メリークリスマス」
聞き慣れた声の合唱に我を取り戻し、そちらの方を見ると、ヘンリー、セシリア、ユンミン、そして、ビンセントがクラッカーを手ににこやかな微笑みを浮かべて、秋生を迎えていた。

 部屋の片隅には、高い天井に届かんばかりの色とりどりの飾りや点滅するランプで装飾された豪華なツリーが置かれてあり、テーブルの上には御馳走が所狭しと並べられていた。その光景が秋生には信じられなくて、夢を見ているのかと、それらをゆっくりと何度も見直すのであった。

 「ちょっと秋生。何惚けているのよ!!さあ、クリスマスパーティーを楽しみましょう」
セシリアに促されて、秋生はやっと夢でないことを認識するのであった。
「どうして、みんなモここにいるのさ。約束があるって言ったじゃない」
「びっくりしたか、坊や。まあ、パーティー鍍言っても俺達の集まるのは毎度のことだし、少し新鮮みを持たした方が良いかなって、内緒にしといたんだ。悪かったな。まあ、今日の料理は、いつもより格別に手が込んでるから、ほっぺた落とすんじゃないぞ」
ヘンリーの乱暴だが暖かい言葉に、秋生は鼻の奥がツーンとして、泣きそうになってしまった。

 「ひどいや。みんなで僕を騙してたんだ。もう、随分落ちこんだんだからね」
笑って見せようとしたが、引きつった笑いなってしまい、忽ち涙がウルウルと溢れてくるのであった。
 今度、慌てたのは四人の方であった。ちょっと驚かそうとしただけなのに、秋生が泣き出す程ショックを受けたとあっては、冗談で笑ってすまされない。彼らとしても、いつも何かと驚かされ、振り回される立場なので、そのちょっとしたお返しがしたかっただけで、泣かしたりする気はさらさらなかったのだが、それがこうも薬が効きすぎるとは、彼らとしても予想外の事態であった。

 特にビンセントは、この案に乗り気ではなかったものの、無理矢理協力させられ、計画をばらさないようにわざと遠ざかるように言い含められ、それに応じて辛い思いをしていただけに、その成果が秋生を苦しめただけとあっては、余りにも救われないものがあった。
 「秋生、泣かないで下さい。すみませんでした」
側に駆け寄り、ポロポロと涙を流す秋生を優しく抱き寄せた。

 「もう、嫌われたかと思った。ビンセントは他に誰か好きな人ができて、僕が嫌になったんだと思った」
ボソリボソリと告げてくる秋生に、そうではないとしっかりと抱き締める。
「すみません。貴方を苦しめてしまったのですね。私も貴方から離れているのは、本当に辛かった。ずっと我慢していたんです」

 「本当?それじゃ廖さんが言った旅行っていうのは、何なの?誰と行くの?」
不安をい切ってぶつけてみる。伺いみるように上げた秋生の目の前には、暖かな微笑みを満面に浮かべたビンセントがいた。
「勿論、貴方ですよ。これをどうぞ。私からのプレゼントです」

 懐から取り出したチケットを手渡されて、秋生はアッと声を上げて驚くのであった。
「これは日本行きのチケットだ」
「ええ、貴方と私の二人分のチケットです。日本でお正月を迎えましょう。お父上には、連絡済みです」
「ああ、ビンセント、素敵だ。ありがとう」
秋生は嬉しくて、ビンセントに飛びついた。そして、ビンセントはそんな秋生を軽々と受け止めて、その唇にそっと口づけるのであった。

 「ちょっとお暑いのは後にして頂戴!!さあ、パーティーを始めましょう」
二人に当てられたセシリアが叫ぶ。ヘンリーやユンミンは既に諦めて、酒瓶を片手に、ビンセントと秋生のラブシーンの見物を楽しんでいた。


 「それじゃ、乾杯ーっ」
「メリークリスマス」
チーンとグラスが軽くあわされた。みんなの少しも変わらぬ笑顔に安堵しながら、秋生は自分が手に入れたかけがえのない存在達を神に、『黄龍』に感謝した。
 彼らと出会えなかったならば、自分はつまらない、本当に平凡な人間で終わってしまったことだろう。彼らから与えられたものは、言葉にできないほど暖かで、強い絆で結ばれていた。それを信じられず疑った自分の弱さを思うと、恥ずかしくてたまらないのだが、それを責めたり、笑うものはいなかった。自分が未熟で、彼らに守られる存在としては、値しない器であることを思い知らされた秋生であったが、それは、ある意味で彼を奮い立たせる起爆剤にもなっていた。

 少なくとも苦しさから簡単に逃げ出すことをよしとしなくなったのである。自分の中で渦巻く様々な感情と向き合うことで、秋生は強さと柔軟さを得たのであった。
 それは苦しいことではあったが、自分のもろさを知ることによって、そうでない自分になろうとする、上向きの気持ちを持って努力しなれければならないという事を知ったのである。
 愛されるだけでは駄目であり、愛することによって自分と相手を磨き成長させなければ、愛は育たないということを・・・・・・。

 「ほら、ちゃんと喰ってるか」
「うん、ヘンリー。凄く美味しい」
「そうだろ、そうだろ」
ヘヘヘと得意そうに笑うヘンリー。
「もう、また太っちゃいそうだわ」
と、言いながら、凄い勢いで料理を片づけていくセシリア。酒瓶を次々に空けていくユンミン。そして、自分の傍らに寄り添って、甲斐甲斐しく料理を取り分けてくれるビンセント。
(ああ、幸せだな)
秋生は不安の消え去った晴れ晴れとした心で、そう呟くのであった。

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