
血の契り
〜魔導士誕生〜
2006年9月13日 更新
日が暮れる前に、僕達は騎士様のお屋敷に到着しました。小高い丘の上に建つ、凄く大きなお屋敷に僕はビックリしてしまいました。
「騎士様、大きなお屋敷ですね!!凄いです。僕達が住んでいる学校の寮よりも大きくて立派です」
こんなお屋敷に住んでいるなんて、騎士様はさぞ名前のある高貴な方なのだろうと思いました。
「そうですか?」
「突然、僕みたいなのが伺ったら、ご家族の方が驚かれるのではないですか?」
そう言って、僕は騎士様の家族の方々の姿を想像して、ちょっぴり複雑な心境になってしまいました。
こんなに素敵な騎士様に、美しい奥様がいらしたらと思った瞬間、チクリと胸に痛みがはしったのです。僕の夢も幸せな家庭を持つ事だと言うのに、命の恩人である騎士様の幸せな家庭を思って、それがなんだか嫌だと感じてしまうなんて、僕はどうしてしまったのでしょう。
「それはありません。独りで住んでいますから」
思いがけない騎士様の答えに僕は嬉しくなくって、内心、はしゃいでしまいました。
「ええ〜っ!!こんな大きなお屋敷に独りで住んでいらっしゃるのですか?淋しくないですか?僕なんて怖くて夜独りで眠れないかもしれません」
よく考えもせずに、僕は素直に思ったことを口にしてしまったのでした。
「クククククッ、秋生、貴方は本当に変った人ですね」
僕が変っているかどうかなんて、この際問題ではなくて、可笑しそうに笑う騎士様の余りにも素敵過ぎる笑顔に、僕は真っ赤になってしまいました。
「変っているのは騎士様です!!僕みたいな素性の分からない者を、お屋敷に連れてくるなんて、無用心過ぎます。何かあっても知りませんからね!!」
「ハハハハハッ、何かあるのですか?それは楽しみにしておきましょう」
後ろから悪戯にギュッと抱き締められて、僕は恥ずかしさを誤魔化すために怒って見せました。
「騎士様ったら僕をからかって、楽しむなんて酷いです」
(でも、笑った顔が見れてラッキー!!凄く素敵だったな)
僕は心の中に芽生えた温かなものがなにか気づいていませんでしたが、それはとても気持ちよくて楽しい気分にさせるのでした。
馬を納屋に繋いで、お屋敷の中に中に入った頃には、日はすっかり暮れていました。屋敷の中は外見と違って、びっくりするぐらい質素でしたが、それでもところどころに豪華な年代物の家具とか置物とかがさりげなく置かれてありました。
独りで住んでいるのというのは本当のようで、使っていない部屋が沢山ありました。とりあえず必要最低限のところだけですが、僕は得意の炎の魔法で、真っ暗な部屋に灯りをつけて回りました。
明るくなった部屋で、騎士様はお酒を、僕は果実酒を水で薄めたものを飲みながら話しました。といっても、僕が一方的に学校の事やロデムお師匠様との生活の事を話したと言うのが本当で、騎士様は相変わらず嫌な顔をせずに黙って聞いて下さいました。
そして、ついつい調子にのって飲みすぎてしまった僕は、酔っ払っていつしか眠り込んでしまったのでした。
ふと目が覚めて、寝ているのがいつもの寮の硬いベッドではなくて、フカフカの上等の布団なのに驚いて、慌てて起き上がろうとした僕は、ガーンッと頭に一撃を受けたような痛みを覚えて、再び布団に沈み込んでしまいました。
そして、少し落ち着くと、今日一日の間にあったいろいろな事を思い出して、本当に大変だったなあとしみじみ感じました。
広い寝室には僕一人だけのようでした。酔った挙句に寝込んでしまい、騎士様にベッドまで運ばせるなんて恥ずかしい事をさせてしまったようです。
まったくもって情けない事態に、僕は魔導士になる云々の前に、もっと人として修行をしなければと、考えたのでありました。
(明日、一番に騎士様に謝ろう)
迷惑ばかりかけている僕のことを、さぞや呆れていることだろうと思いましたが、彼に嫌われてしまうのは、とても嫌でした。
それからまたウトウトしかけたのですが、風が出たのか窓ガラスがガタガタと揺れ、ヒューッという風の音と木々のザワザワと揺れる音がして、なんだか心細くなってしまいました。
思えば寮の狭い部屋では、8人が寝起きしていて、賑やか過ぎるくらいで独りという事がなかったのです。
16になって恥ずかしい奴と思われるかも知れませんが、僕の記憶の中にある独りの記憶というのが、8歳の時に両親が流行り病で倒れて、手当てする間なくあっという間に亡くなってしまった時のもので、その時の辛く悲しい思いは、今でも鮮明に記憶の中に残っているのでした。
僕が住んでいた村は、高い山の中腹にあって、冬は深い雪に覆われてしまう辺鄙な所にありましたが、隣りの国とを繋ぐ街道が通っているので、冬でも商売人達のキャラバン隊が一夜の宿を求めて訪れたりのするので、結構、賑やかな村でした。
ところが、ある年、たまたま逗留したキャラバン隊の中に流行り病にかかった人が出て、それが村人にうつってしまったのでした。
気がついたときには手遅れで、多くの村人が亡くなりました。助けを呼ぼうにも記録的に降った深い雪のためにそれもままならなかったのです。
父さんと母さんが相次いで亡くなり、僕も病に倒れて、瀕死の状態の中、冷たい亡骸と共にあった悲しくてとても辛かった思いは、外の吹雪の音と共に僕の記憶の中に暗い影となってやきついています。
あの夜も窓がカタカタと風に吹かれて音をたてていました。外からはヒューッヒューッという物悲しい音が聞こえていました。
僕は亡くなった父と母の間で毛布にくるまり、高い熱にうなされて震えていました。何日も食事をとることも出来ずに、苦しみ続けたのです。
結局、僕は吹雪の中を決死の覚悟で駆けつけてくれたロデムお師匠様によって、危ないところを救われ一命をとりとめたのでした。
お師匠様は、両親を失い独りなってしまった僕を可哀想に思って、引き取ってくださいました。生活はそれほど豊かではありませんでしたが、ロデムお師匠様の下で暮らした日々はとても充実して楽しい日々でした。
そして、魔導士学校の寮生活は煩いくらい賑やかで、だから仲間と共に楽しく過ごした日々にすっかり慣れてしまった僕は、独りになった時、あの忌まわしい記憶が蘇ってきて、酷く心細くなってしまうのです。
独りで寝られないなんて、本当に子供だと思いますが、静寂の中に響く風や木々の音は、物悲しくて、怖くてたまりません。
ウォーオオーンと獣の遠吠えまでが聞こえてきたら、もう、たまりませんでした。ベッドから飛び起きると、僕は頼もしい騎士様の姿を探して、部屋を飛び出しました。
先程、蝋燭の火を灯して回ったので、屋敷の使っている部分は大体分かっていましたが、それでも暗闇の中に揺れる蝋燭の炎さえもがなんだか不気味に思えて、怖くてたまらないのでした。
とりあえずお酒を飲んでいた居間まで階段を下りていくと、部屋の扉の隙間から灯りが漏れていて、騎士様がまだ起きているようなので、ホッと安心しました。さすがに寝ているところをお邪魔するという不躾な事はしたくありませんでした。
扉を開こうと思ってドアノブに手を触れた僕は、一瞬、躊躇ってしまいました。何故かと言うと、部屋の中から話声が聞こえてきたからです。騎士様の声と、女の人と男の人の声でした。独りで住んでいるといっていたのに、お客様でしょうか。
「・・・・・・驚きだわね、ビンセント。貴方ともあろう人があんな子供に・・・・・・本気なの・・・」
「煩い、放っておいてくれ」
騎士様の声は、とても不機嫌そうでした。
「いや、なかなか面白いかもしれんのう。フォッフォッフォッ」
「ちょっと面白がっている場合じゃないわ。立場ってものを考えないと、示しがつかないわよ。私は反対。確かに可愛い子だけど、それだけよ。魔導士としての力は無きに等しいわ。問題外よ」
「黙れ。私がいいと言っているんだ。それで決まりだ」
「横暴よ」
女性と言い争う騎士様の声に、なんだか雲行きが怪しい感じがして、僕は中へ入るタイミングを失って、困惑してしまいました。
なんだか、僕のことで揉めているような気がしたからです。でも、騎士様り好意に甘えて、図々しくやってきた事で、彼に迷惑をかけてしまったのでは申し訳なく思って、覚悟を決めて扉を開けようとしました。
「おい」
不意に後ろからバシンと強く肩を叩かれて、僕はその痛さに驚き、飛び上がって後ろを振り返りました。
そこには見るからに怖そうな大男がたっていたのです。筋肉隆々で逞しい体には、無数の傷が走り、まるで闘士のようでした。ギラギラした鋭い瞳で僕を睨みつけています。
「ギャーッ!!」
思わず悲鳴をあげてしまいました。だって、殺されると思ったからです。それほどに恐ろしい雰囲気の男でした。
バタンと扉が中から乱暴に開かれて、部屋の中から騎士様が飛び出してきました。
「どうしました、秋生!!」
「騎士様、怖い!!殺される!!」
僕は騎士様に縋りつきました。彼はそんな僕を優しく抱き締めてくれました。
「目が覚めたら独りだったから、僕、怖くて。騎士様を探していたら、い・いきなり後ろから襲われたんです!!」
僕は必死で涙ながらに訴えました。
「大丈夫だから。安心してください」
騎士様は優しく僕の髪を撫でてくれました。
「お・俺は別に襲ったわけじゃないぞ。扉の前にたってもじもじやってるから、どうしたんだろうと思って、肩をチョッと軽く叩いただけだぜ!」
大男が吼えるように言ったので、僕はますます怖くなって、騎士様に縋りつきました。
「すっかり脅えているではないか」
「それは俺のせいじゃないって」
「まあ、なんて情けない子供なの!!私は絶対反対よ。ビンセント」
「私が決めた事だ、セシリア。口出しは許さない」
きっぱりと言い切る騎士様に、女の人はグッと言葉を飲み、怒りに身を震わせながら、僕を睨みつけてきました。
年は20歳くらいの、とても綺麗な女性でした。細くてもバランスの取れた身体を惜しげもなく露出した、きわどい服を着ていて、僕は目のやり場に困ってしまいました。
「秋生、心配はいりません。皆、私の友人です。先程急にやって来たのです。貴方を驚かせるつもりはありませんでした。許してやってください」
騎士様の知り合いと聞いて、僕は自分がかれらにとても失礼な態度をとってしまったのではないかと気になり、恐る恐る男の人を見たら、その人はボリボリと頭をかきながら、ヨオッと目で挨拶してくれました。先程とは違って、全然怖く感じませんでした。
僕の心が昔の記憶に引きずられて、恐怖で何も見えなくなってしまっていたのです。
「ごめんなさい。僕が悪いんです。目が覚めたら独りだったので、急に怖くなっちゃったんです。本当にごめんなさい」
僕は男の人にペコリと頭を下げて謝りました。
「いや、俺も突然だったから、驚かしちのったな。許してくれよ、坊や」
「工藤 秋生です。よろしくお願いします」
「俺は、ヘンリー・西だ」
彼はそう言うと、にっこり笑ってくれました。怖そうな感じだったのが綻んで、愛嬌のある感じにかわりました。少し友達のハンクと雰囲気が似ているかもしれないと、思いました。
「えっと、セシリアさんも、どうぞよろしくお願いします。騎士様には森で狼に襲われたところを助けていただきました。それなのに、ご厚意に甘えて泊めていただきまして、ご迷惑をおかけしております。明日には失礼しますので、今夜だけはどうかお許しください」
「あ・あら、別にかまわないわ。まあ、結構可愛いじゃないの」
険しい表情で僕を見ていたセシリアさんが、ニッコリと笑ってくれて、僕はホッと安心しました。皆さん、やっぱり騎士様のお友達だけあって良い方達のようです。
「わしはユンミンじゃ。秋生、よろしくな」
もう1人は、小柄な白い長い髭のおじいさんでした。飄々とした感じの、やっぱり優しそうな人でした。
「よろしく、お願い致します。騎士様には大変お世話になりました。僕、迷子になってしまって。明日には、帰りますので・・・・・・」
「騎士さまとな、ビンセント?」
ユンミンさんがからかうように言うと、騎士様はゴホンと咳払いをしました。ヘンリーさんとセシリアさんも意味ありげに笑っています。僕は何がなんだかよくわからなかったですけれど、騎士様のお友達の方とも知り合いになれて、良かったと思いました。が、すぐに僕はあることに気がついて、ショックを受けてしまいました。
それは、先程自分で言った『明日には帰ります』という言葉でした。そうなんです。明日には騎士様とお別れなんです。まだ、出会ったばかりだと言うのに、どうしてこんなにショックなんでしょうか?僕にはその理由がわかりませんでしたが、ただ一つ分かるのは、お別れしたくないっていう事でした。
「どうしました、秋生」
耳元に騎士様の声を感じて、僕はとてもくすぐったいような気持ちになってしまいました。
「なんでもありません。お話の途中、お邪魔してしまってすみませんでした。僕、寝室に戻ります」
なんだかとても恥ずかしくてたまらなくなり、先程の部屋に戻ろうと思いました。
「待ちなさい」
騎士様の呼び止める声に振り返る間もなく、腕を掴まれた僕は、あっという間に騎士様に抱き抱えられていました。
「き・騎士様っ!?」
「貴方が眠るまで一緒にいましょう」
あまりの恥ずかしさと嬉しさに、ドギマギしながらも僕はコクンと頷きました。
僕を抱いたまま、階段を難なく上がる騎士様の力強さと優しさに、僕の心臓はドクンドクンと大きく高鳴り、それを気づかれてしまうんではないかと思って、ますますドキドキしてしまうのでした。
そんな僕には、階段の下で呆れたように僕達を見つめる、ヘンリーさんとセシリアさんとユンミンさんの呟きを知る由もありませんでした。
「あれはマジで本気だな」
「こうして目にしても信じられないわ。彼があんな恥ずかしい人だったなんて。長い付き合いだけで始めて知ったわ、私」
「まさに運命の出会いだったというわけじゃ」
三人は顔を見合わせて、フ〜ッと呆れたようにため息をつくのでした。
つづく
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