
血の契り
〜魔導士誕生〜
2007年3月12日 更新
(5)
次の日に、もとの世界に戻る事が出来る、扉のある場所へ、案内してくれる約束をしていましたが、その日は下半身にはしる痛みと、熱で動けなくて、実際に案内してもらったのは、その次の日になってしまいました。
「秋生、待っていますから。いつでも呼んで下さい」
扉の前まで馬で送ってくれたビンセントは、変わらぬ優しさで僕にそう言いました。
「はい、よろしくお願いします」
(でも・・・・・・)
頷きながらも僕は心の中で戸惑っていました。また、アレをしなくてはならないのかと思うと、
素直に喜べなくなってしまったのです。
ビンセントへの想いは、以前と変ることなく、前よりもずっと身近になった感じなんですけれど・・・・・・。
それに僕はそもそもロデムお師匠様のように、小さな町や村の人々の生活のお役にたてたらと思い魔導士を志したわけですから、どちらかといえば知識やとりあえず使える治癒魔法とかあれば大丈夫だと思うし、強い攻撃魔法等の力を必要とすることは余りないと思うのです。
でも、折角ビンセントが僕を気に入ってくれて(僕も彼が好きで)、かわしてくれた折角の契約を無駄にはしたくありません。
「秋生、これを」
そういってビンセントは、手のひらにのせたウズラの卵くらいの大きさで金色に光る玉を、僕に差し出しました。ピカピカと輝いてとても綺麗です。
「これは魔物との契約の証です。私だと思って大切にして下さい」
「はい、ビンセント。本当にありがとうございます。僕、大事にします」
僕は金色に光る玉をそっと彼の手から受け取りました。
「私はいつも貴方と共にあることを、忘れないで。愛しています、秋生」
そう言うと、ビンセントは僕を抱き締めて、そして、キスしてくれました。それは唇に触れるか触れないかの、とても優しいキスでしたけれど、僕の胸はキュンと切なくなってしまいました。
契約の行為は好きになれませんでしたが、ビンセントの事は本当に大好きなのです。それはきっと彼の言う、愛していると言う言葉にとても近いと思うのですけれど、僕はまだ自分の本当の気持ちが良く分からないのでした。
だって、まだ本当に恋をした経験がないのです。
勉強が忙しくて、そんな余裕など全然ありませんでした。もちろん、学校にも女の子達はいますが、皆、よき仲間でありライバルでした。だから、こんな気持ちは、初めてでよく分からないのです。
「ビンセント、本当にありがとう。僕、行きます。どうかお元気で」
僕は心残りを振り切るように、ビンセントに手を振ると、扉を開きました。
「待っています、秋生・・・・・・」
それは僕が最後に聞いた、ビンセントの言葉でした。
扉の向うは暗くて長い石の廊下で、そこをひたすら歩いていると、突然、目の前に大きな空間が広がりました。
大勢の人の姿がありました。皆が集まって、静かに儀式が行われているようです。
そこは見覚えのある場所でした。大掃除で何度か来た事があります。大切な儀式の行われる祭壇があるので、間違いありません。
(あっ、ハンク、シン、アレン、皆がいる!!)
そこには仲間達が、魔導士協会に属する魔導士が儀式の時に着る正装である、黒のフード付きの長衣を着て、手には長い杖を持ち、普段はみせないような厳かな真剣な表情で、並んでいました。
僕がぼんやり見つめていると、ハンクが何気なく僕のいる方を見たので、僕は彼が気づかないなかと思いながら、軽く手を振ってみました。
「秋生!!」
僕の姿を認めたハンクは驚きに大きく目を開け、そして、大きな声で叫ぶと、僕のほうに駆け寄ってきます。
何故だか静かだった講堂内が忽ち大騒ぎになってしまいました。誰もが僕のほうを見つめています。
「秋生、一体、今までどうしていたんだ。心配したんだぞ!!」
凄い勢いで飛んで来たハンクは、僕をガバッと強く抱き締めました。
「ご・ごめんなさい」
力任せに抱き締められて、苦しくてたまりませんでしたが、ハンクが本当に僕の事を心配してくれているのが伝わってきて、僕の心にじんわりと暖かいものが広がっていきました。
(ああ、僕、帰って来たんだ)
先程までいた世界がなんだか遠い夢のように思えました。
「秋生!!」
「秋生!!」
気がつけばいつの間にか僕達の周りに仲間達が集まっていました。可笑しな事に、皆笑っているのに、目に涙を浮かべているのです。
やっとの事でハンクの腕の中から抜け出してみると、ハンクまでもが泣いていました。
「あれ、どうして泣いてるの。それに皆、そんな格好して何かあったの。試験はどうなったの」
僕が尋ねると、皆、不思議そうに顔を見合わせました。
「聞きたいのは、こっちのほうだよ、秋生。一体、今まで何をしていたんだよ。皆、心配していたんだぞ」
「そうだよ。試験から秋生だけが帰って来ないから、なにかあったんじゃないかと、ずっと扉の前で、皆で待っていたんだぞ。それなのに今頃のこのこ帰ってきて。もう、心配させやがって」
皆の勢いに、僕は分けがわからないままにシュンとうな垂れました。こんなにも皆を心配させてしまったのは、やっぱり僕がのんびりし過ぎていたせいに違いないからです。
「御免なさい。二日ほどおくれちゃって・・・・・・」
そう言うと、皆が呆れたような顔をしました。
「何言ってるんだよ。試験から20日も経っているんだよ。今日は卒業式だ」
「えっ、嘘!!」
そう言いはしましたが、皆が着ているフード付きの黒の長衣や手にある杖は、正式な魔導士として認められなければ、与えられないものです。それをいつしか身に纏う日をどんなに待ち望んだことでしょう。
「何日待っても帰って来ないから、魔物に食べられたんじゃないかと、皆思っていたんだ。秋生、無事でよかった」
「心配かけて御免なさい。でも、僕、向うには三日いただけなのに、どうしてなんだろう。でもね、見て見てハンク、皆もほら、僕ね、ビンセントに契約して貰えたの」
僕は大切に持っていた契約の証だといってビンセントに貰った金色に光る玉を、自慢げにみせました。
「うわあーっ、綺麗な玉だね」
「よかったな、秋生」
皆は喜んでくれましたが、先生や魔導士協会の人達は、その玉を見るなり、オオッと驚きの声をあげ、怪訝な顔をしてヒソヒソと囁きあっています。そのただ事でない様子に、僕は何かいけない事でもしてしまったんだろうかと、心配になってしまいました。
「ハンク、どうしたのかな。僕、何かいけないことをしちゃったのかな。この玉じゃ、魔導士にはなれないのかな。折角、ビンセントが僕が契約してくれたのに」
「大丈夫だよ、秋生。ちゃんと契約した証なんだから。
「でも・・・・・・」
皆の反応はただ事ではありません。ヒソヒソとした囁きは次第に大きくなって、ザワザワと講堂内を揺るがすほど大きくなっています。
「諸君、静粛に!!」
威厳のある声が響き、ざわめきがピタリと止まりました。
そして、人々の間をぬって、1人の老人が僕のほうへ近づいてきました。
「魔導士長のクロムウェル様だ」
ハンクが僕に囁いてくれました。名前は勿論知っていましたが、そんな偉い人をこんな間近で見たのは初めてでした。
「うわぁっ、どうしよう、ハンク」
何かの間違いであって欲しいと願いながら、僕は身体の大きなハンクの後ろに隠れました。
「工藤 秋生。その玉を良く見せて貰えないだろうか」
名前を呼ばれて、僕はビクッと身体が震えました。
「は・はい」
嫌だなんてとても言えません。僕はクロムウェル様の顔を見ることも出来ず、俯いたまま、ハンクの後ろからおずおずと出ると、契約の玉を差し出しました。
クロムウェル様は、その玉を手に取ることなく、ジッと見つめていましたが、やがて、フ〜ッと大きなため息をつくと、僕に向かって言いました。
「秋生、この玉はどんなに望んでも得る事のできない、伝説に聞く魔界の王の契約の証に相違ない。素晴らしい力を得たものだ」
クロムウェル様のその言葉に、講堂内にため息の渦が巻き起こりました。
(魔界の王の契約の証!?)
僕は何がなんだか良く分からなくなってしまいました。
「違います。ビンセントです。彼が契約してくれたんです、魔導士長様。確かにビンセントはとても素敵な騎士様ではいらっしゃいましたけれど、僕、だって、攻撃魔法はあまり得意なほうではありませんので・・・・・・」
しかし、クロムウェル様はビンセントという名前に、大きく頷いたのでした。
「ならば間違いあるまい。彼こそは魔界の四天王の1人、青龍。その人に間違いあるまい。玉を大切にな。そして、魔導士としての務めに、その素晴らしい力を是非とも役立てて貰いたい。さあ、式を再開しよう。新しいスペシャルA級ランクの魔導士魔導士の誕生だ」
(スペシャルA級ランクって、それ誰の事なんだろう)
魔導士長は、僕の背中を軽くポンと叩くと、肩を抱いて皆に言いました。
「伝説の魔導士がここに復活した。我らと魔界の契約は、より深く強く確かなものとなるだろう。喜ばしいことだ」
(そ・それって、もしかして、僕の事だったりするのかな。どうしよう!!凄い勘違いしてる!!)
否定しようにも、そこに集う大先輩の魔導士達や先生や、皆までもが笑顔で、拍手をしてくれています。僕はそんな大それたものでは絶対ないのに、どうすればいいのでしょうか。
間もなく式は再開されました。勿論、僕も晴れて卒業できることになったのです。駄目もとで受けた試験だっただけに嬉しさは言葉であらわせないほどです。ビンセントとの偶然の出会いがこんな事になるとは、考えてもみませんでした。
ついに僕は魔導士学校を卒業して、本物の魔導士になる事が出来るのです。
式を無事終えた僕達は、寮に戻りました。六年間住み慣れた寮も今晩で最後で、明日にはそれぞれ魔導士としての任務を与えられ、世界中に散らばっていかねばならないのです。
僕は以前から、ロデムお師匠様のお手伝いをすることを望んでおり、試験の前に、万が一合格した場合を考えて、ちゃんと登録してあったので、懐かしい故郷へと帰ることになります。
ハンクは、協会所属のCランクの魔導士として、派遣先が決まり次第に、其処へ赴任する事になっています。
だから、今夜が皆と一緒にいられる最後の夜になってしまうのです。
在校生達が皆で、卒業生のためにパーティーを開いてくれました。僕達もそうやって先輩達を送り出してきたのです。そして、とうとう今度は僕達が祝ってもらえる立場になってしまったのです。
この六年間は思えば長いようで、短くもあったような、貴重な時間でした。
その間ずっと夢見ていた事が、今、現実となり、そして、また未来に向かって僕達はそれぞれの道を歩き始めるのです。
パーティーの料理をいっぱい食べて、余興を楽しんだ僕達は、寮の自室へと戻りました。
この狭くて賑やかだった部屋ともうお別れなのだと思うと、何か寂しいような気がします。
「明日で皆とお別れなんだね」
僕は改めてその事実の重さに気づいてしまいました。
「そうだ。けれど、またいつか会える。これで終わりじゃないんだから、きっと会える」
ハンクの呟きは、僕ら皆の気持ちと一緒でした。
明日からはまた新しい日々が場閉まるという期待感と不安が入り混じった複雑な心境です。明日に備えて休めたらいいのですが、落ち着かなくてどうもそんな気分ではありません。
寝付かれなくて、結局諦めて、僕達は再びベッドの上に起き上がり、話を始めました。思い出の話から、実技試験の話まで、ネタはつきません。
「秋生、魔界で何があったか話してくれよ」
「そうそう、俺もそれが聞きたくてうずうずしていたんだ。魔王って、どんな感じなんだ。青龍っていうくらいだから、龍の姿だったんだろう」
「ううん、ビンセントはとてもハンサムで優しい人だよ。僕は、彼が魔王だなんて全然知らなかった。でも、本当にびっくりするぐらい綺麗な人なんだ」
「へえーっ、魔王っていうぐらいだから、やっぱり違うんだな。俺が契約したのは魔猫なんだけれど、愛嬌はあるけど気まぐれで、怒った顔なんか怖いもんな。なあ、秋生が見たあちらの世界のこと教えてくれよ」
皆も魔界へ行ったはずなのに変だと思ったら、やっぱりそれぞれが見た世界がかなり違っているようで、中には何もない真っ暗な空間に、魔物が現れただけという場合もあったようです。
僕は魔界への扉を開いた時からのことを皆に話しました。まあ、ついつい寝込んでしまった事や、1人で寝られなくて大騒ぎをしてしまった事とか、ビンセントとの血の契りの事とかは、恥ずかしくてあえて話しませんでした。
でも、皆、契約をかわした魔物と、あの血の契りの儀式をしたのでしょうか?そう思うと、反対に僕は皆がどうだったのか猛然と知りたくなってしまうのでした。
「僕は、たまたま出会ったのがビンセントで、その彼が魔王だったというだけで、特別何かをしたわけじゃないし、スペシャルAランクなんて実力ないもの。なんか恥ずかしいよ。ビンセントが凄い人だって事はわかるけど、僕自身は、魔導士になれたっていうだけで本当にラッキーだと思うもの」
「本当に良かったよな」
「ねえ、ハンク。ハンクもあの血の契りの儀式、魔物としたの」
僕は恥ずかしさをこらえて、思い切って聞いてみました。
「えっ、血の契りの儀式ってなんだ。俺はしないぞ。召還の呪文を唱えたら、魔物が現れて、契約しようって言って、玉をくれたんだ。それだけだよ。皆、違うのか」
「そんなもんだよ、俺」
「俺も」
「俺もだ」
皆、そうだと頷いています。
(あれ、どうして僕だけなんだろう)
僕は不思議に思いました。契約の仕方まで、人それぞれ違いがあるのでしょうか。
「血の契りの儀式ってなんだそれ。魔王相手だと、別格で何かあるのかな」
「秋生、どんな事したんだ」
皆に興味津々といった表情で見つめられて、僕はなんと答えていいのか焦りました。
「あ、あの、抱き締めて、キスして、契約成立だからっていって、血の契りをかわそうって。そして、ベッドに寝かされて、その・・・・・・」
恥ずかしさに躊躇う間もなく、皆の上げた叫び声で中断されてしまいました。誰もが真っ赤な顔をして、怒っています。
「うわあ〜っ、秋生、それ、まずいよ」
「魔王にいいようにされちゃったんだ!!わ〜っ」
「くそ〜っ、皆で大事に守ってきたのに。許せない!!」
「ああ〜っ、俺の秋生が、弄ばれたなんて、ショック!!」
でも、一番ショックなのは僕でした。
(僕ってビンセントに弄ばれちゃったんだ。何も知らないからって、僕を騙したんだ)
彼に抱いていた尊敬や信頼を見事に裏切られたようで、悔しくてたまりませんでした。
(愛しているなんて言って、僕をからかったんだ。契約なんて嘘だったんだ)
胸が張り裂けそうなくらいに悲しくて、気がつけば涙がポロリと零れてしまいました。勿論、悔し涙です。
「僕、騙されちゃったんだ。魔導士になれるなんて喜んで、馬鹿みたいだ。自分を契約と引き換えだなんて、こんなの契約じゃない」
僕が泣き出してしまったので、皆、慌てています。
「あ・秋生、でも、あの契約の玉は本物だから、大丈夫だよ、きっと」
「そ・そうそう、だから泣くなよ」
本物でもなんでも、ビンセントが僕に嘘をついた事は、間違いありません。
「僕、悔しい。いくら僕が馬鹿だって、こんな意地悪な事しなくたっていいのに。ビンセントの馬鹿、馬鹿、馬鹿、嫌いだーっ!!」
慌てて慰めてくれる皆に、僕は怒りをぶちまけました。僕だって、そんなにお人よしではありません。ちゃんと感情があるのです。騙したあげくに身体まで弄ぶなんて、もう、最低です。
(馬鹿、馬鹿、馬鹿。ビンセントの馬鹿)
その時、窓をぴたりと閉めた室内に、一陣の風が吹き抜けました。
そして、気がつけば目の前にビンセントが立っていました。別れた時と寸分違わぬ美しい姿で、整った顔に憂いを浮かべて、僕を見つめていました。
「秋生・・・・・・」
彼の静かな呼びかけを、僕は無視しました。わざと気づかないふりをして、クルリと背を向けたのです。今は、彼の顔を見たくありませんでした。怒りにまかせて酷い事を言ってしまいそうだからです。
「秋生」
彼は黙って其処に立っていました。皆は、驚いて部屋の隅に固まって、僕達の様子を見守っています。
背中に感じる痛いほどの視線に耐え切れず、僕は言いました。
「帰ってください。ビンセント。僕は、呼んでないです」
自分でもビックリするほどの冷たい言葉でした。いくらは腹がたったからと言って、ちょっと酷いかなとすぐに後悔してしまいました。
「秋生、呼んだでしょう、私の事を。ビンセントの馬鹿、嫌いだって。馬鹿、馬鹿、馬鹿と心の中で呼んでいました」
「言ったけど、それはビンセントが嘘をついて、僕の事を騙したから怒っただけです」
冷静なビンセントの態度が、癪でたまりませんでした。僕がこんなに怒って悲しんでいるのに、その当事者の本人が冷静だなんて許せません。
「嘘なんかついていません。私の心に偽りはありません。契約は本物です。だからこうしてきました」
そう言いながら、僕を背中から抱き締めようとするビンセントの手を振り払いました。
「もう、騙されない。僕が何も知らないからって、あんな事をするなんて、酷いです。僕を弄んだのですね。子供だからって馬鹿にしたんだ」
暗い想いだけが心に渦巻いて、自棄になってやつあたりしてしまいました。
「していません。そんな事!!」
それは今までにないほどに激しい口調で、その勢いに僕は怖くなって、ビクッと身を震わせました。
そんな隙を狙ったかのように、彼は背中から僕を強く抱き締めました。どんなにもがこうとしても、その戒めを解くことは出来ません。
「放して!!」
「嫌です。絶対に放しません。貴方が許して下さるまで、ずっとこうしています」
とても冷静で大人な彼からは、想像もつかないぐらい無茶苦茶で激しく、まるで駄々を捏ねる子供のようでした。
すると、今まであんなに悔しくて、悲しかった想いが、スーッと消えうせて、温かな思いが心に灯りました。
「どうして、あんなことをしたの?」
こんな事を聞くのも恥ずかしいのですが、それでも聞かずにはいられませんでした。彼の本心が知りたくてたまらなかったのです。
「貴方を愛してしまったからですよ。誰にも渡したくなかった。誰かに取られてしまう前に自分のものにしてしまいたかったのです」
「そんなの勝手です。僕は誰のものでもないのに」
「分かっています。それでも、欲しかったのです。貴方が・・・・・・。すぐに別れなければならないのが分かっていました。こんなずるい私は、もう、お嫌いですか?」
本当にずるいと思いました。こんな問われかたをして、嫌いだなんて言えるはずがありません。だって、僕はビンセントの事が、本当は大好きだからです。
「き・嫌いじゃないです。でも・・・・・・」
「ああ、良かった。愛しています」
うめくように言いながら、僕をギュッと抱き締めるその腕の力強さに、僕はとっくに彼に心も身体も捕らわれている事を悟りました。
すると、カーッと頭にのぼっていた血がサーッとひいて、少し冷静に考える事が出来るようになりました。
「魔王様が、僕なんかでいいんですか?」
あの夜、セシリアが怒りながら叫んでいた意味を、今、僕は知りました。『絶対反対』と言っていたのは、魔王であるビンセントとおちこぼれの僕では、余りにもつりあいがとれないという事なのです。
僕がスペシャルA級ランクの伝説の魔導士なんて大嘘で、それは結局、契約してくれたビンセントが凄い力を持っているというだけで、そんな大層なランクに認定されてしまうなんておかしいと思います。
「魔王とかそんな事は、関係ありません。私が契約したいと思ったのが貴方だったのですから。貴方でない他の誰かとはきっと契約などしなかったでしょう。だから貴方は御自分に自信を持って下さい。貴方は魔王の心を射止めた人なのですから」
凄く嬉しい事を言ってくれたので、僕の心はドキドキとときめいてしまいました。
「こんな僕で、本当にいいの?」
「はい、愛しています」
「ありがとう。馬鹿だなんて言って、御免なさい」
僕は先程の自分の怒って言ってしまった言葉が恥ずかしくてたまらなくなりました。でも、思えばその言葉も、僕がビンセントの事をとても好きで信頼していたから、騙されていたと知って、悲しくて悔しかったからなのです。
そう、僕はビンセントの事がとても好きなんです。これはきっと、ビンセントの言う愛しているっていうのと同じ気持ちだと思います。
「ビンセント、好きです」
ボッと顔から火をふきだしそうになりながら、僕は小さな声で言いました。
「ああ、秋生」
ビンセントは僕の顎をとらえて、上を向かせるとニッコリとそれは嬉しそうに微笑みました。僕はそれが余りにも素敵だったのでうっとりとしてしまいましたが、すかさず彼の唇が僕に降りて来て、口付けてくれました。
身体がフワフワて宙に浮かんでいるようなそんな気持ちよさが、身体中に広がっていきます。
その時、僕は気づいたのでした。ここは学校の寮で、部屋の片隅に集まった仲間達が、こちらを見て、真っ赤になって慌てていたのです。
「ううっ、うううっ」
僕はビンセントの胸を叩いて、必死でやめてくれるように合図しましたが、彼は全然やめてくれません。
(駄目、駄目だよ、皆が見ているよ!!)
抵抗も空しく、ビンセントはどんどん大胆になって、服の上から手で、僕の大事なところをさわってくるのです。
(嫌、嫌だよ。こんなのは嫌)
ビンセントの事は大好きだけれど、でも、まだこういう行為に慣れていないので、とても気持ちいいけれど恥ずかしいし、自分が自分でなくなってしまいそうで怖くてたまらないのです。
涙がまた、ポロポロと溢れました。
「秋生・・・・・・」
ビンセントがやっと気づいて、口づけをやめて、戒めをといてくれました。
「こんなのは嫌。ビンセントは僕の身体だけが目当てなの。僕、嫌だって抵抗したのに、やめてくれないんだから」
「違います。身体だけじゃありません」
きっぱりと否定するビンセント。嘘でないと信じたいけれど、今はちょっと信用できません。
「皆が見ている前で、こんな恥ずかしい事しちゃうのって変です。僕はビンセントが好きで、キスされただけでうっとりしちゃうけれど、でも、アレはとても痛かったので嫌いです。あんまり好きじゃないです」
「そ・そうですか」
あからさまにシュンとうな垂れてしまいます。ビンセントが本当に僕を好きだというのはわかりますが、だからといってアレをいっぱいしちゃったら、きっと死んでしまうに違いありません。
「魔王ともあろうものが、かたなしだわね」
どからかともなく声がしたかと思う間もなく、寮の狭い部屋に新たに三人の人物の姿が現れました。
「あっ、セシリアさん、ヘンリーさん、ユンミンさんだ。今晩はです」
「はい、秋生。ビンセントが迷惑かけちゃってるみたいね。もう、普段は冷静なくせに恋しちゃうと何も見えなくなるんだから」
「余計なお世話だ」
ビンセントはセシリアさんを睨んでいますが、彼女は全然気にした様子もありません。僕なんかすぐに雰囲気に飲まれてはっきり言いたい事が言えなくなるので、彼女の強さは凄いと思いました。
「魔王としての仕事を放り出して、迷惑かけておいて、随分と強気な発言だわね」
「まあまあ、セシリア、そう言うなって。俺はこの堅物がここまで惚れるなんて事は、滅多にないことだからな。応援してるぜ、ビンセント。だが、今はおとなしく魔界に帰ってくれ。雑魚どもが騒ぎをおこしている」
「ここは一度帰ったほうが、秋生のためでもあるぞ。皆をすっかり怖がらせて、これが魔王かと思われては、秋生がかわいそうじゃ」
三人の言葉にビンセントは伺うように僕を見ました。なんだかそんな彼が、叱られた子供のようでとても可愛く思えました。
「魔界のお仕事、頑張って下さい。僕もビンセントに釣りあう立派な魔導士になれるように頑張りますから。皆に迷惑かけちゃ、駄目ですよ」
「・・・・・・呼んで下さいますか?」
「はい、勿論です」
「きっとですよ。待っていますから」
「はい、だから、ビンセントも僕が呼んだら、すぐに来てくださいね」
彼を安心させようと、僕は大きく頷きながら言いました。そんな、僕をビンセントはもう一度、抱き締めました。
「勿論です。すぐに駆けつけますから。待っていてください」
そして、来た時と同じようにもいきなり彼の姿は、フッと宙に消えたのでした。
「秋生、ありがとう。ビンセントったらあれで凄く本気なの。分かってあげてね」
「俺達も応援してるぜ」
「はい、ありがとうございます」
僕は三人にペコリと頭を下げました。彼らもまた、ビンセントのことが好きで、心配しているのがよく分かったからです。
「何かあればいつでも呼んで頂戴。私達も駆けつけるわ。ビンセントに任せておいたら、とんでもない事を平気でしちゃいそうだもの」
「待ってるぜ、ほら」
「頑張るのじゃ」
三人は僕の手に、ビンセントと同じ金色に輝く玉を、渡してくれました。
「えっ、でも、これって本当に良いんですか?」
「まあ、次いでって事で貰ってね」
「それじゃな」
それだけというと、三人の姿も消えてしまいました。僕はなんだか疲れてしまい、ポーッと立ち竦んでしまいました。
「秋生、大丈夫か」
部屋の片隅に固まっていた仲間達が、ホッとした顔をして近づいてきます。
「あっ、皆、ごめんね。ビンセントったら僕が呼んだと思って、間違えてきちゃったみたい。とても素敵な人だったでしょう」
「ああ、まあ、確かに・・・・・・。でも、秋生、お前って凄いな。魔王と対応に話せるんだもんな。俺達、睨まれただけで、ビビッちゃったよ」
「凄い迫力だったものな」
「でも、後からきた三人は何者なんだろう」
「一体、なにもらったんだ」
「あの、玉を・・・・・・」
僕は皆に玉を見せました。
「ええ〜っ、これって契約の証じゃないか。それも魔王と同じ色ってことは・・・・・・」
「ゲゲッ、もしかして、魔界の四天王が、ここに来たってわけ!!」
「秋生、四天王と契約したんだ、凄い」
大騒ぎです。なんか凄いことになってしまったというのは、自分でも感じましたが、僕はあえて深く考えないようにしました。だって、考えたらプレッシャーで押し潰されてしまいそうになるのが、分かっていたからです。
彼らが魔界の四天王だと考えると、本当に大変なんですけれど、ビンセントとそのお友達なんだと思えば、そうでもないのかもしれません。
なんて、あるはずがありません。どうしよう〜っ!!
僕達の部屋の騒ぎを聞きつけてきた隣りの部屋の連中から、魔界の四天王が僕に会いに来たという話は、次々と広まり、翌朝には、学校や魔導士協会の人が知る事になっていました。
魔界の四天王と契約した魔導士なんて、前代未聞だそうです。おかげで僕はますます伝説の魔導士だと言われるようになってしまいました。
おまけに魔導士としてスペシャルA級ランクに登録されてしまった僕は、とりあえずはロデムお師匠様のお手伝いを許してはもらいましたけれど、協会から回ってくる超難事件を強制的に担当するという約束をさせられました。
何度も無理だって断ったのですが、それは魔導士としてはとても名誉な事だといわれ、おまけにそれに支払われる報酬が、とても信じられないくらいに高額なのです。おまけに、もし、断ったら魔導士として認めないといわれたら、もう、受けるしかありません。
でも、皆、間違っていると思うんです。僕の魔法の力が凄いわけじゃないんです。いくらビンセントを始めとする四天王の力が凄くても、呼ばないと意味がないのです。呼ぶ前に大変危険な目にあう可能性はあると思うし、もし、間に合わなかったら、意味がないと思うんです。
ああ、僕は一体どうなってしまうのでしょう。誰か教えて下さい。
(血の契りなんて大嫌いだ!!)
僕のささやかな夢は何処へ行ってしまったのでしょうか。
魔導士になれた感激も何処へやら、僕の未来は波乱に満ち溢れた幕開けとなってしまったのでした。
つづく
次回は、ビンセントバージョン 魔王の告白 です。
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