
血の契り
〜魔導士誕生〜
2006年7月9日 更新
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魔導士って知っていますか?もちろん、知っていますよね。
だって、ちょっとした大きな街にだったら1人は必ずいるっていうか、人々の生活にはきってもきれない大切な仕事をしていますから・・・・・・。
その名前の通り、魔法を使って病気を治したり、農作物の成長を促がしたり、悪い魔物を退治したり、天候を操作したり、災害を防いだりと、いろいろと皆様の生活にお役に立っていると思います。
それじゃ、どうしたら魔導士になれるか、知っていますか?
魔法を仕えるくらいだから、生まれ持っての特殊な力だと誤解されている方も多いのですが、まあ、街にいる普通の魔導士になるのに才能なんて、ほんのちょっとあればというか、誰でも少しは生まれながらにして持っている力を訓練すれば、なんとかなるものなのです。
なんて言うと、もしかして本当に魔法なんて使えるの?って、お疑いになるかもしれませんけれど、実を言うと、凄い魔法が使える魔導士はほんの一握りで、ほとんどの者の魔法の力はそれほど強くはありません。
だからといって、お役に立っていないわけでもありません。魔導士にちょっぴりしか力がなくても、契約している魔物が代わりに力をかしてくれるからです。
魔導士協会に所属している者ならば、まずはご安心下さい。魔法の力はそこそこだとししても、医療の知識や、農業の知識など生活に必要な事はちゃんと勉強していますから。
魔導士協会の魔導士は、皆、魔導士学校の卒業生でありまして、そこで6年間みっちり勉強して、全ての科目を習得し、合格点に達したものが魔導士として認められ、協会に所属出来るのです。
もちろん、ちゃんと凄い魔法の使える魔導士もいます。でも、ほんの僅かしかいないので、引っ張りだこの忙しさだと聞いています。
魔導士学校の卒業試験は、学科試験と実技試験がありまして、学科は一応のレベルに達していれば合格しますが、実技試験はその結果によって、AランクからEランクまで能力づけがされるので、とても重要であります。
実技試験で合格するには、試験の際に魔物を召還し、契約を結ばなければなりません。魔法の力がなければ、召還した魔物に食べられてしまう可能性があるので、難しいとされていますけれど、召還した魔物の力の強さによってもランクは変わってくるし、大抵は呼び出す者の力の強さにあったレベルの魔物が呼び出されるのが一般的だと聞いております。
契約っていうのは、魔導士が力を貸して欲しい時に、その招きに応じて、魔物が力を貸してくれるというもので、遠い昔、人と魔物が一緒に平和に暮らしていた頃に、魔物の王と魔導士の長との間に交わされた約束なのだそうです。
卒業試験に合格するには、学科は平均80点以上、実技はDランク以上でなければなりません。もし、それ以下であった場合、二年間の猶予が与えられ、もう一度学び直し、試験を受ける事が出来ますが、もし、それでも駄目な場合は、残念ながら魔導士協会の正式な魔導士を名乗ることは出来ないのであります。
学科を落とした者が、二年の間に勉強しなおして、合格することはありますが、実技試験において、一度魔物との契約に失敗した者が、再度挑戦して、契約を得られた事はかつて一度もないそうで、実技に落ちた人は大概、二年を待たずに学校を去るそうです。
つまり、実技試験のEランクというのは、魔物との契約を得られなかった落伍者なのであります。
そ・そんなの酷いって思いませんか!!どんなに一生懸命勉強して頑張っても、突然、魔法の力が強くなるわけないし、魔物との契約がなされなかったというだけで、6年間の努力とまどうしになるという夢が、無惨にも打ち砕かれてしまうなんて!!
何故、僕がこんなに怒っているかというと、実は明日がその実技試験なんです。おまけに結果は目に見えているっていうか、先生達にも不合格のEランク間違いなしだろうって、太鼓判おされちゃったんです。
お恥ずかしい話ですけれど、僕って魔法の才能が全然駄目なんです。駄目っていっても全然使えないって言うわけじゃなくて、蝋燭に火をつけたりとか、蛇の毒消しの魔法とか、植物の成長を促がす魔法とか、病気の治癒魔法とか小さいのは、ちゃんといろいろつかえるんですけれど、攻撃系というか大きな魔法になると、もうどういうわけか全然駄目なんです。
一生懸命練習したし、素質がない訳じゃないって、先生も言ってくれるんでけれど、努力の甲斐もなく、今日に至ってしまったというわけです。
魔物との契約を得るためには、僕の使える魔法はまったく役立にたたないらしく、下手をすると呼び出した魔物に食べられちゃう可能性があるので、棄権した方が良いって、先生が薦めて下さるくらいなのです。
僕も魔法の方が苦手だからせめて学科は頑張ろうと思って、一生懸命勉強したお陰で、先におこなわれた卒業試験の学科は、全て百点満天でトップの成績でした。でも、それでも実技試験に合格しなければ魔導士になれないなんて、酷いと思いませんか。この6年間の努力も、小さい頃からの夢も無惨に壊れててしまうなんて・・・・・・。
そりゃ誰のせいでもなく、僕が駄目だからしょうがないんですけれど、簡単に諦めることも出来なくて、悩んでいるというわけなんです。
(ああ、どうしよう。神様、どうか僕に力を下さい。そして、魔物との契約が無事に結べて、試験に合格しますよう、お願いします)
魔物の事を神様にお願いするなんて、凄く邪道だとは思うんですけれど、困った時の神頼み、溺れるものは藁をも掴むっというのが、今の僕の心境なのであります。
僕の名前は、工藤 秋生。16歳。8歳の時に両親が流行り病で亡くなって、その時にお世話になった魔導士のロデム師匠に引き取られて、学校に入学出来る10歳になるまで、師匠のお手伝いをして暮らしました。
師匠は魔導士としてはDランクでしたけれど、人としては本当に素晴らしい人で(だって親を無くした僕を引き取ってくれるような優しい人ですもの)、街の人々にも尊敬されていました。
そんな、師匠のお手伝いをするうちに、僕も魔導士になりたいと思うようになったというわけで、かなりの高年齢の師匠に恩返しがしたいと僕は思っている訳なんですけれど、現実は思うようにいかないのであります。
トホホホホ。
「秋生、起きろって、遅刻するぞ」
何度か乱暴に身体を揺すられて、僕はハッと目を覚ましました。でも、折角友人達が起こしてくれたものの、僕は寝ぼけて何も考える事が出来ず、ボーッとしていると、朝食の用意が出来たという合図の、カランカランと響く鐘の音が聞こえてきて、友人達は慌てて部屋を飛び出していました。
ベルがなってすぐに食堂に集まらないと、朝食を食べ損ねてしまうからです。僕はまだ寝間着のままだし、着替えているととても間に合いそうにないし、食欲もあまりないので諦める事にしました。
結局、昨夜はなかなか眠れなくて、うとうとしかけたのが朝方だったのでかなり寝不足ですが、このままもう一度寝てしまったら、今度は試験に遅れるのが目に見えているので、僕は眠気を振り切って、ベッドから起き上がりました。
ウーンと背伸びしながら、窓の外を眺めると、皆が食堂に急いでいる姿が見えます。
魔導士学校の生徒は皆、学校の寮で暮らしています。一学年大体30人位で、6学年で150名余りになります。数字が合わないのは、上の学年にあがるにつれて、いろいろな理由から学校を去っていく者が出てくるからです。ちなみに今年の6年生は21名になってしまいました。僕はその中で最年少です。
寮内は全て生徒の手によって管理されていて、食事や掃除など交替で当番にあたります。だから、結構規律が厳しいのですが、普段の生活からもいろいろ学べるので、それなりに楽しかったりもします。
このところの僕は、極度の緊張状態が続いたせいか、かなり体調不良でありまして、せめて試験はベストコンディションで望みたかたったのですが、なにやってるんだろうっ感じで、自分の事ながらつくづく情けない次第です。
いつもそうなんですけれど、僕ってプレッシャーに弱くて、あれこれ心配しすぎて自滅してまうタイプなんです。
なんて、駄目な理由にはならないですよね。結局、気持ちが既に逃げているって言う事と同じなんですから。
ロデム師匠にもよく言われましたけれど、僕って諦めが良すぎるって言うか、執着がなさ過ぎるそうなんです。別に自分ではそんなつもりはないんですけれど、でもそんなに特別欲しいものとかないし、しいて言えば、魔導士になって可愛いお嫁さんと子供に囲まれた平凡な家庭を築く事かも。
魔導士になって、家族で幸せに暮らせたらそれで良いなあなんて、ぼんやり思っているのが幸せなんです。つまらない奴だとは思いますが、今の自分がそう言う状況にないから憧れているんだと思います。
でも、ここで逃げちゃったら、その夢も何もかも台無しになってしまいます。
(自分で自分の夢を諦めちゃって、どうするの。頑張れ!!くよくよしてちゃ駄目だ!!)
自分自身に活を入れると、不思議と少し元気が出てきたみたいな気がして、僕は朝食の終わる時間を見計らって、試験の行われる大講堂へと向かったのでした。
学校の中心に堂々とそびえたつ大講堂に入るのは、一年に一度の大掃除の時位で、普段、僕らのような学生は入る事を禁止されています。
ここは魔導士協会の総本山とも言える場所で、世界中で活躍している魔導士協会に属する魔導士達の活動を司っているんです。
そして、この大講堂には魔界と繋がっている場所があって、年に数回は魔導士協会の長老達と魔物との交流が行われているそうで、卒業試験もその部屋で行われるのです。
大講堂に行くと、既に仲間達は皆、集合していました。どことなく緊張感が漂っているような気がしたのは、僕がそうだからだけではないと思います。
「秋生、遅いぞ」
「本当にのんびりやなんだから」
それでも笑顔で皆が迎えてくれたので、僕は少し、緊張が解れたような気がしました。
おまけに、
「ほら、朝飯。たべられなかっだろう」
と、親友のハンクがポケットから包みを取り出して、僕の手に渡してくれました。
「おにぎりだから。食べられるようだったらちゃんと食べておけよ」
170センチちょっと越えている僕よりも、10センチは軽く高く、ガッシリとした体格をしているハンクは、歳は二つ上なんですけれど、僕なんかよりもずっと落ち着いてて、頼りになるお兄さんみたいな存在です。
ハンサムては言い難いけれど、笑うととても親しみやすい感じで、僕は学校に入学してからというものの、ハンクにはとても言葉では言い表せないほど、お世話になってきました。
「ありがとう、ハンク。心配かけて御免なさい」
「大丈夫か、秋生。顔色が悪いぞ。体調がよくないのなら、やっぱり・・・・・・」
ハンクは僕が実技試験の事を悩んでいるのを随分、心配してくれていました。
「ううん、もう大丈夫。あれこれ悩んでいても仕方ないから、僕、頑張ってみる。駄目でもともとだもの、契約出来たらもうけものでしょう。だから、試験受けます。ハンクも皆も頑張ってね。そして、皆で合格しようね!!」
僕はついつい落ち込みそうになる心を奮い立たせるように、笑顔で元気に言うと、皆も大きく頷いてくれたのでした。誰もがやっぱり少し緊張していたみたいです。
「オーッ、頑張ろう」
6年間、一緒に学んで、生活を共にしてきた良きライバルであり、かけがえのない仲間達なのです。途中、いろいろな理由で去って行った仲間達もいましたけれど、最後に来て、もう誰一人として欠けることなく合格して欲しいし、僕も絶対したいと願うのでした。
そこへ、先生方が現れて、僕達は慌てて整列しました。ハンクのおにぎりは食べられなかったけれど、僕のポケットにちゃんと入っています。全てが終わったら食べようと思います。それまでは僕の大事なお守りです。
「さて、諸君、いよいよ卒業試験も最後です。悔いのないように精一杯頑張って下さい」
校長先生の言葉に誰もが『はい』と、大きく頷きました。
「それでは、実技試験の説明をします。ついてきなさい」
校長先生を先頭に、先生方と僕達は神妙な顔をして、大講堂の奥へと進んでいきました。が、その間中、僕の心臓はドキドキ高鳴っていました。
やがて、校長先生は廊下の突当りの扉の前で立ち止まりました。
「この扉が魔界と繋がる扉です。1人ずつ扉を開けて中に入るのです。そこで見る風景は恐らく一人一人、違ったものになるでしょう。そこで召還の呪文を唱え、現れた魔物と契約を交わしなさい。出口の扉は別にありますので、私達はそちらで待っています。気をつけて。どうぞ皆に幸運を・・・・・・」
そう言い残して、校長先生達は去っていき、残ったのは僕らとブラウニー先生だけになってしまいました。
「それでは、名前を呼ばれた者から扉を開けて、中に入りなさい。ラウル・デニアス」
「はい」
いつも陽気なラウルが神妙な面持ちで歩み出て、扉の前に立ち、大きく深呼吸しました。そして、扉をゆっくりと開くと、彼の姿は扉の向うへと消えていきました。
もし、僕がラウルだったら一番最初だというプレッシャーに負けて、ガタガタと震えてしまったかもしれません。それなのに、彼は堂々してとても立派に見えました。
こんなに動揺してしまっている自分が皆と比べて随分と子供のように思えてきて、そのなさけなさに動揺していると、ハンクがそっと背中を叩いて、励ましてくれたのでした。
「大丈夫だ、秋生」
「うん」
それだけでも、僕は随分と落ち着きを取り戻しました。
一人、また一人と呼ばれて、ハンクも堂々として扉の向うへと消えていきました。
そして、とうとう僕、一人なってしまったのです。
「工藤 秋生!!」
ブラウニー先生の声に、僕は元気に『はい』と返事する事が出来ました。ほとんどから元気ってやつでしたけれど。
「秋生、ここまで来たら何も考えずに全力を尽くしなさい。皆、お前の事を応援しているからな。最年少で入学してからのお前の努力を先生達はよく知っている。きっとお前ならば立派な魔導士になれると信じているから、頑張るんだ」
普段はとても厳しいプラウニー先生の、思いがけなく優しい言葉は、涙がでそうになるくらい嬉しいものでした。
「はい。ブラウニー先生、ありがとうございます。僕、頑張ります」
ブラウニー先生は、ずっと実技試験は棄権したらどうかと勧めてくれていたのでした。それも、僕の事を心配してくれたからこそなのです。それが分かり、こうして応援してくれたので、僕の元気は百倍に膨れ上がりました。
「行きます!!」
何があっても絶対に魔物と契約を結び、実技試験に合格して(たとえギリギリのDランクであっても)、魔導士になるんだと覚悟を決めて、扉の前に立った僕は、力を込めて、その重い、僕の未来へと繋がる扉をゆっくりと開き、中へと歩みを進めたのでした。
つづく
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