2003年9月3日更新

(4)

 「どうぞ、こちらへ」
案内された部屋は、不釣合いなダブルベッドとわずか家具だけが置かれた哀れなものであったが、綺麗に掃除されていた。
 (ここで秋生は客をとらされているというのか)
今、秋生は昼間の明るさからは信じられないほどの沈痛な表情で、儚さだけが際立っているように見えた。

 「ミスター、上着をどうぞ」
私の上着を脱がせて、壁のハンガーに吊るす。
 「シャワーをお使いになりますか?すぐに用意しますから、どうぞ」
手順どうりの慣れたセリフで話し掛けてくる彼の顔は、一応、笑ってはいたが、どこか寂しげであった。

 廖の報告書は紛れもなく真実であったのだ。昼間、夢を語っていた少年の、全てを諦めたような態度が、私には堪えがたく、シャワールームへ行こうとしていた秋生の腕を、咄嗟に掴んで引き止めていた。

 「ミスター、何か?」
彼の緊張が腕から伝わってきた。必死に笑おうとするのだが、強張るばかりであり、私を縋るような視線で見つめてくるのであった。

 そして、何を思ったのか、唐突に両腕を伸ばして、私の首筋を捕らえると、すっと背伸びをするようにして口づけてきた。触れるか触れないかの軽いキスで私を挑発してくる。甘い痺れるような感覚が唇に溢れ、もっと深く味わっていたいという欲求がわきおこったが、私はそれを理性で無理矢理に抑え込んだ。

 「秋生、貴方はこんなことをしてはいけない」
それは私のエゴであった。彼にこんな事をして欲しくないという自分の気持ちだけを優先させた言葉を口にしてしまっていた。秋生は拒否されたのだと思ったのか、私の胸にその身をすり寄せてきた。

 「ミスター、御免なさい。気に入ってくださるように何でもしますから」
しかし、私は答えることが出来なかった。その震えながら縋り付いて来る秋生の身体をそっと離すと、みるみるうちにその目に涙が浮かび上がった。

 「どうして・・・・・・」
信じられないとばかりに、小さく首を二・三度横に振ると、突然、身を翻して、部屋から出て行こうとする。私は、それも許す事が出来ずに、その腕を捕らえて引き止めていた。
 「僕をお気に召さないのでしょう?抱いて下さらないのなら、代わりの者を寄越しますから」
必死で訴える秋生の、だが、その怒りと羞恥に赤く染まった顔さえも、愛しく思えた。

 (ああ、なんと愛しい人だ)
彼を傷つけたのは自分なのに、その屈辱に震える姿さえも美しいと思ってしまう冷めた自分が、信じられない。

 「その必要はありません。貴方はこんな事をするべきではない」
今すぐ此処から連れ去ってしまいたいと思った。いつのまにかその存在は、あの方の子供だからという次元のものではなくなっていた。この健気な優しい子供が、このまま他人の手によって汚されていくという事が、私には堪えられなかったのである。

 「どうしてそんな事を言うんですか?僕を一晩買ったのは貴方じゃありませんか。それに、これが僕の仕事なんです。そうして僕は生きているんですから、貴方に、貴方なんかにとやかく言われたくありません!!」
必死に訴える彼の目から、ついに涙が零れ落ちた。

 秋生の言うとおりであった。彼が好んでこの境遇を選んだわけではなく、選択の余地もなく、ただ生きていくために必要だった仕事を、恵まれた環境でぬくぬくと生きてきた自分に否定することは出来ない。
 
ただ、自分の感情だけで、彼の生きるためにしなければならなかった仕事を否定する権利など自分にはなく、秋生と過ごす時間が欲しいために無神経に払ってしまったお金によって、健気に生きる彼のプライドと、昼間、私に示してくれた彼の好意を踏みにじってしまったのである。

 それなのに、抱くでもなく人格者ぶった説教により、自分そのものを否定されてしまった秋生の気持ちを考えるとたまらなかった。いくら後継者としての度量を見極めるためだからといって、こんな無神経な事を平気でしてしまえる自分の方が、遥かに最低な部類の人間だと思えた。

 「秋生・・・・・・、ああっ、私を許して下さい。貴方を傷つけてしまったのですね」
ついに私は理性を抑えられなくなり、秋生を抱き締めていた。そして、言い訳しながら、宥めるように柔らかい髪を撫でた。

 「僕を軽蔑しますか?しても仕方ないですけれど。でも、生きていくためには仕方なかったんです。どうしようもなかった。こんな事、好き好んでやっているわけじゃない。でも、こんな事でもしなきゃ、僕は生きてこられなかったんです」
溢れる涙に掠れる声で語る彼の温もりを感じながら、それでも彼が今日まで生きていてくれた事を感謝した。

 酒場の歌姫の私生児として生まれ、送ってきたその生活は決して楽なものではなかったであろう。だが、幾多の苦境にたたされた彼が、こんなにも素直に明るく育ってくれたという奇跡が、何よりも喜ばしかった。私はあの方の後継者としてよりも、一人の人間として秋生に惹かれている事をついに認めないわけにはいかなかった。

 「軽蔑などしません。一人で頑張って生きてきた貴方を、誰も悪くいう事など出来ません」
「ありがとう・・・・・・ミスター」
私の胸に顔を伏せていた秋生が、そっと顔をあげて、私に微笑む。長い睫はまだ涙に濡れ、頬にはその跡が幾筋も残っていたが、その微笑みはどんな宝石も及ばない優しい輝きに満ちて、私を魅了するのであった。

 「もっと早くに貴方に出会えていたなら、こんな思いを貴方にさせなかったのに。今からでも遅くはありません。ここを出ましょう」
心の底からそう願っていた。彼と出会い、そして、彼を知った今、これ以上此処に置いておくのは忍びなかった。
 
 だが、秋生は全てを諦めているかのような哀しそうな笑みを浮かべて、頭を横に振るのであった。目にはまた涙が浮かんでいる。
 「ありがとう、ミスター。その気持ちだけで充分ですから。同情してくださるんでしたら、僕を・・・・・・、だ・抱いて下さい。一晩だけの夢を僕に下さい。お願いします」

 その時、私は秋生からもう逃げられない自分を知った。そして、自分よりもずっと現実を生きている彼の姿を、垣間見せられたような気がした。少なくとも彼は夢と現実の区別がついている。彼よりも長く生きていながら、私は実は幸せなおめでたい人間で、沈着冷静を自負していたが、実はとんでもなく勘違いで、かなりのロマンチストであったことを自覚した。私の夢はあの人と共に在ることであり、彼を失った今、ビジネスの世界とはまた違った、地に足のついた日々の厳しい現実を知ったのである。

 「秋生・・・・・・」
名前を呼ぶと、ビクンと彼の身体が震え、弾かれたように私をまっすぐに見つめた。
 (ああ、秋生、愛しています)
その痩せた顎を指で捕らえて、口づけた。その柔らかな暖かい感触に私は溺れた。

 「ああ、ミスター。愛しています」
秋生の囁くような告白に、私の理性は一気に外れて、彼を求めた。
 少年の華奢な身体は、私の激しい欲望に必死で応えようとした。だが、その身体は私が想像していたよりも遥かに初々しく、それによってますます私は熱くなり、彼を翻弄し、優しく激しく愛するのであった。

 濃厚なキスを繰り返すと、秋生は甘い吐息をついて、縋りつくように身体を預けてくる。私はすかさずその身体をフワリと抱き上げ、ベッドへと歩みよると、そっと横たえた。うっとりとした表情で私を見つめてくる秋生の額に、キスを一つ。それから。瞼に、頬に、耳朶に、首筋に、鎖骨にと次々とキスの雨を降らしながら、彼のシャツのボタンを外していった.そして、現れた白い胸の滑らかな感触を堪能しながら、小さな胸の突起の一つにキスした。

 「んっ・・・・・・」
思わず洩れた秋生の甘い声に、もう一度キス。先端を舌で転がしながら、もう一方を手で摘むと、
「ああんっ・・・・・・」
と、声があがった。本人はそれを痛く恥じたようで、顔を赤らめると、口を手で覆ってしまう。その手をそっと外して、日々の仕事に少しあれた指を一本一本、愛しさを込めて舌を這わせて舐め上げた。

 「恥ずかしがらないで、声を聞かせて。私を感じてください」
その言葉にコクリと頷く秋生に、愛しさが一気に吹き上がった。
 少年の瑞々しく滑らかな肌触りを堪能したながら、少しずつ下半身へと愛撫の矛先を移し、ズボンのファスナーを降ろすのももどかしく、指を下着の中に滑り込ませ、秋生の若い猛りを捕らえると、彼の下半身が大きくしなった。

 「ああ、ミスター」
荒い息の囁きに含まれた甘え。熱い吐息の中の震え。それらを楽しみながら、秋生をますます翻弄し、駆り立てた。

 ズボンを下着ごと引き下ろして、その猛りを口に含み、ねっとりと舌で愛撫した。
「ああんっ・・・・・・んんっ」
若い性の昂ぶりの波は、一気に頂点に達する。彼の熱い迸りを受けとめて飲み干す事に、私は何のためらいも感じる事はなかった。

 「秋生、とても素直ですね」
「ミスター」
私のからかいに、頬を赤らめたまま少し気だるげに拗ねた様に見上げる瞳が、潤んで艶っぽく輝いていた。私は引き寄せられるように、その瞼に口づけた。

 「ごめんなさい、ミスター。今度は僕にさせてください」
返事を待つでもなく、秋生は私の緩んだネクタイを外し、シャツのボタンを少し震える指で一つ一つ外していった。そして、はだけられた私の胸にそっと触れると、ゆっくりと顔を寄せて口づけた。

 まるで天使のような口づけの軽さと、もたらされるときめきと甘い疼きが、美酒のように私を酔わせた。胸から腹へ、そして、彼の指が私自身に触れたとき、爆発的な快感が全身を駆け巡った。両手で柔らかく包むようにもち、舌でぎこちなく愛撫する。それだけで達してしまいそうになるほどの喜びと快感を私は味わった。

 「ああ、秋生。もう――」
耐え切れず、秋生に私自身を離させると、その身体を強引に押し倒し、足を開かせて、まだ慣らしていない秘所へ、熱い猛りを突きつけた。

 「あっ、ああっ」
痛みにもがき涙を流す秋生。愛しているから大事にしたいのに、愛し過ぎて傷つけてしまうなんて・・・・・・。

 「許して下さい。急ぎ過ぎました」
きつく締め付ける秘所から離れようとしたが、秋生は頭を横に大きく振りながら、私に縋リつく事によって、結合がより一層、深まってしまう。

 「ああ〜っ」
「秋生っ」
「駄目・・・・・・止めないで、ミスター、お願い・・・・・・んんっ」
苦痛に必死に耐えながらも、強く求めてくる秋生の姿に、私の最後の理性は途切れるのであった。


  つづく

(5)に進む

トップに戻る